飯田一史インタビュー
<本を読む・買うの今後を考える>
『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社)刊行を機に
出版ジャーナリスト・ライターの飯田一史氏の新刊『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』(星海社)は発売前から重版がかかるなど話題を呼んでいた。
本が売れなくなったと言われて久しい現在、どうすれば本は売れるようになるのか。本書刊行を機に飯田氏にお話をうかがった。(編集部)
――飯田さんが出版事情を論じた前著『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)などは割と一般の人も関心を持ちやすいタイトルだったと思います。それらに比べると本書は「本」というある種特殊な商品を売るための考察で、出版業界にいる人向けに特化したコンセプトに見えました。本書刊行にあたり、飯田さんの狙いを教えて下さい。
飯田 前著を読んだ出版業界人から「じゃあ、どうすればいいのか」という声が多かったので、「本を売る」に絞って私見を書きました。もちろん他の業界の方にも何かしら参考になるところはあると思います。
――第1部「出版業界の課題の本質」において、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下『なぜはた』、集英社新書)の議論の誤りを様々なデータを駆使して批判しています。なぜこの論考を書こうと思ったのでしょうか。
飯田 『なぜはた』では読書や出版業界に関してよくある思い込みを元に議論が展開されている点を問題視しています。私が読書や出版産業に関する講演をしていると「『なぜはた』に書いてあったことと違う」と憤慨や困惑とともに質問されることがあり、今回「本を売るには」の話を進めるにあたって、その前提となる現状に関するファクト、見方を整理する必要を感じたことが大きいですね。三宅さんの人格や活動全体を批判したいわけではありません。是々非々で捉えています。
――出版業界をめぐるよくある思い込みについて、少し掘り下げて解説いただけますか。
飯田 『なぜはた』は労働と読書量に強い相関があるという仮定に立っているとしか思えないタイトルになっています。しかし毎日新聞社「読書世論調査」や文化庁「国語に関する世論調査」を見ると高校生以上の読書量の世代間差は乏しい。どの世代でも月2冊以下の人間が約9割、平均すれば全世代で月2冊以下です。
私のこの主張に対し「文化庁の調査では、月3、4冊読んでいる割合を見ると勤労世代の20~60代は、働いていない10代後半や70歳以上と比べて読書量が少ない」と反論する人がいます。しかし月に3、4冊読む10代後半および70歳以上の割合と、20~60代の割合の差はせいぜい3~4%ポイントです。したがってこの点から『なぜはた』の方が正しいとするのであれば、あの本は「10代後半では月3、4冊読んでいたが、働き始めてからは本を月1、2冊しか読まなくなった人口全体の3~4%の人たちは、なぜ働いていると本が読めなくなるのか」をテーマにした、世の中の96、7%の人間には関係のない話だということになります。もちろんマイノリティの実感をあつかうこと自体には問題はありませんが、あたかも一般的に、また大幅に「労働によって読書量が減る」かのように誤認させるタイトルはいただけません。
また、書籍の読書量と購買量を同一視しているような書きぶりが『なぜはた』には見られます。しかし10代半ば以上になると月間の平均読書冊数は2冊未満という傾向は1960年代から近年までほとんど変わりがありません。出版産業が伸びていたときも、低調になってからも、です。あるいは、他の国では読書量は減少しつつも、出版市場の規模は横ばいや微増している例がいくらでもあります。単純には一致しないんですね。
さらに『なぜはた』では毎日新聞社「読書世論調査」を引用して、2009年からすべての年代で前年より読書時間が減少したと論じていますが、これはフェアな書き方ではありません。なぜなら、『なぜはた』が引用したデータの設問は実際には「1日の書籍・雑誌の接触時間」だからです。書籍とは異なり、雑誌は読書冊数、購読量ともに減少しています。したがって『なぜはた』がいう 〝読書時間の減少〟とはおそらく雑誌の接触時間です。なお、書籍+雑誌の接触時間は90年代中盤から2000年代にかけては不読者を含む全体で1日平均50~60分で、2010年代以降はそれが平均30分台後半から40分台になりましたが、その数字は実は70年代後半から90年代に入るまでと大差がない。一時的に上がってまた元に戻った程度の話です。
ほかにも『なぜはた』では長時間労働に伴い人文書や小説といった〝ノイズのある読書〟時間が減り、代わりに自己啓発市場が爆発的に伸びたかのように読める論が展開されます。しかし、厚労省のデータによれば長時間労働はフルタイム労働者も含めて平均的には減っています。それから、黒田祥子・山本勲「長時間労働是正と人的資本投資との関係」論文によると、長時間労働は是正されたものの、自己研鑽の時間は増えていないとのデータが示されています。つまり自己啓発も低調になっています。
出版科学研究所『出版指標年報2025年版』の書籍新刊推定発行金を見ると、「日本文学小説物語」ジャンルは2024年段階で約607・18億円あり、日本の出版市場においてはコミックを除けば最大セグメントです。かたや自己啓発書は独立した分類がなされていませんが、関係のありそうな教育、経営、宗教、心理などをすべて足しても「日本文学小説物語」の約半分です。日販の『出版物販売額の実態』を見ても、実用書やビジネス書だけ伸びているとか落ち幅が例外的に少ないなんてこともありません。
こうした私の指摘に対し「飯田は『読書量と購買量は単純に一致していない』と言っているのに購買量の話をするのはダブルスタンダードだ」と批判する人がいます。しかし私は「『なぜはた』では読書量と購買量の違いを区別しているふしがないが、そのふたつの傾向は異なる」「読書量に関して同書の主張は成り立たない」「購買量に関しても成り立たない」と分けて論じているだけで、ダブルスタンダードではありません。こちらが「データの扱いに問題がある」「主張を裏づけるファクトがない」と指摘しているのに「あの本は実感を論じたものだ」と反論するなど、都合のいいときだけ実感を持ち出したり統計を持ち出したりするほうがダブルスタンダードです。
――データを駆使した検証に対して、たとえば本をよく読んでいる層の人からは、働く時間が増えたことで自分の周りでは本が読めなくなった人が増えているので、この検証は個々の事例に即してないといった批判も出る気がしました。
飯田 しばしば体感治安の悪化と比べて実際の犯罪の認知件数は長期的にみれば減少傾向にあるという乖離が語られてきましたが、それと同じ話です。もっとも、ここ数年は実際に刑法犯の認知件数は増えていますけれども。主観的な実感や身近な範囲の観測と客観的な実態は別の話であり、両立します。個人の実感はもちろん大事にしたらいいと思いますが、実感頼みでマクロの実態を理解しようとするのは危うい。中途半端に混ぜて議論しない方がいいと言っているだけです。
――マクロのデータを読み解くことによって、従来の読書離れ議論から抜け落ちてしまっていた、もともと読んでいない人や、読みたくても読めない人のような存在が浮かび上がってきます。
飯田 おっしゃる通りです。日本のディスレクシア研究の第一人者の宇野彰さんが2009年に発表した、小学生約8000人を対象にしたディスレクシアやディスグラフィア調査の共同論文を読むと、漢字の読みに困難のある子供が約7%、書きに困難のある子供が約6%いる。一方で月7冊以上よむ多読者は全人口の2、3%です。多読者のほうが数が少ないにもかかわらず、読書論や出版産業論はこの人たちの視点からばかり語られ、残り9割の感覚や見方は軽んじられてきました。この現実を見つめた上で、本を読む・買うの今後を考える必要があります。
――第2部からは、実際に本を売るための考察が、マンガやウェブ小説、海外の新聞や書店などの事例を通じてなされます。まず日本のマンガ事情について。雑誌の読書量、購買量が減少したことを受け、特にマンガ雑誌はその影響を蒙り、マンガジャンルは一時低迷したものの、そこから電子書籍やアプリに切り替えることでV字回復したと論じられますが、なぜこのような成功を収めることができたのでしょうか?
飯田 日本の出版産業は雑誌を軸にした流通システムおよびビジネスモデルを構築し、顧客には毎週、毎月、雑誌目当てに定期的に書店に足を運ばせることで集客を図ってきました。また、書籍になるコンテンツを雑誌で連載し、書籍の新刊情報を掲載するといった連動を通じて、書籍の販売量にもつなげていました。
しかし雑誌が売れなくなると、書店に定期的に足を運ぶ人が減り、新刊もその情報も目にする機会も減って書籍の売れ行きまで落ち込んだ。マンガはこの負のスパイラルを食い止めるためにマンガアプリやウェブマンガ誌を活用したことで、紙+電子の売上が2020年代に史上過去最高規模になりました。
マンガアプリやウェブマンガ誌の特徴は「待てば無料」やチケット制といった読者にリワードを与えるしくみで読者に毎日読む習慣を作った。「毎週マンガ雑誌を買う/立ち読みする」をデジタルに置き換えたわけです。毎日マンガを読んでいれば作品やアプリに愛着も湧いて購買につながるし、アプリ内のポップアップやプッシュ通知を通じて新刊やセールの情報が目に入る。
さらに紙の出版物に適用されている独禁法の適用除外規定が電子書籍には適用されません。平たく言えば割引販売がOKですから、セールのタイミングでまとめ買いするという購買行動を誘発しています。これによって、90年代から2000年代にかけては新刊マンガ市場を食い潰すものとして敵視されてきたマンガ喫茶やレンタルマンガ、ブックオフといった「廉価にマンガの楽しみを提供する」ビジネスの需要を吸い上げることができました。
マンガが過去最高規模の売上に至ったのは「字だけの本より読みやすいから」とかキャラクタービジネス的な観点のみならず、根幹である「雑誌的な読む/買う」に関する顧客の行動をウェブやアプリベースに置き換えることに成功した点が大きい。
――次の章ではウェブ小説のことが論じられます。日本のウェブ小説市場ではいろいろな事業者が参入したことで一定の需要は確保していることがわかる一方、ウェブ小説が盛んな中国、韓国に比べると頭打ち感があることが見えてきます。その理由はどういったところにあるのでしょうか?
飯田 マンガアプリやウェブマンガ誌同様に、ウェブ小説も高い更新頻度で1話ごとの連載形式で配信することで強いリテンション機能を果たし、単行本の購買につなげてきました。ただ日本ではウェブ上での直接課金ではなく、紙や電子の書籍版が主な収益源です。中国や韓国では、日本のマンガアプリ同様にウェブ小説を話売りして爆発的に市場を成長させました。
日本式の「ウェブ小説書籍化」モデルの課題は、作家は基本的に書籍から金銭を得るがゆえに、書籍版の作業により力を入れてしまう点です。つまりウェブで人気が出たおかげで書籍化されたのに、書籍化作業がウェブ連載の更新頻度を下げ、読者離れにつながってしまう矛盾がある。器用で速筆な人でないと、最適な両立化は難しい。しかしこれが仮にウェブで1話ごとに販売した方が稼げるとなれば、ウェブの更新頻度を維持しつつ、余った時間で書籍版の作業をするやり方になる。そちらの方が読者を引きつけ続けられ、作家の収入も増えるはずです。
ただ現状のモデルでも、ウェブ小説は他の小説や書籍のジャンルと比べれば売上は安定している方です。他ジャンルでも参考にすべき点はあります。そもそもマイクロコンテンツに分割して継続的に発信して読者を集め、まとまったら書籍化して売るのは、紙の雑誌でやってきたことです。ウェブ小説はそれをより高頻度に展開しているわけですが。
――同章内に「ほとんどの国のほとんどのジャンルでは、紙と電子は食い合うものではない」との言及があり、紙の媒体にもチャンスがあることがうかがえます。
飯田 電子書籍市場の大半を占めているのはマンガ、次がおそらく写真集やエンターテインメント小説です。それ以外のジャンルはいまだに紙が圧倒的に強く、その傾向は今後も変わらないと見られています。だからこそ海外では出版社も書店も「デジタルと動画を使って紙の本を売る」ことに注力している。
たとえばいわゆるBookTok、本の「TikTok売れ」に関しては日本の出版業界では「女・子供」のものにすぎないと見る向きが根強くありますが、欧米のメディアコングロマリット傘下の超大手出版社ビッグ5はどの会社も、決算に影響を与えるレベルのムーブメントとみなし、さらにその勢いをブーストするためのデジタルマーケティングの体制を構築しています。しかしこういう話をしてもだいたい出版社も書店も「動画はちょっと……」で終わります。
――今、日本と欧米の対比がでましたが、本書では欧米の書店事情を紹介した上で、日本の書店が参考にすべき点を提示されています。日本と欧米の書店事情の違いについて教えていただけますか。
飯田 先ほど「日本の書店は雑誌と書籍が一体型の流通システムとビジネスモデル」と言いましたが、欧米ではマガジンとブックは別物扱いです。向こうで「書店」と言えば、大抵は書籍を売っているところを指し、定期刊行物はあまり扱っていません。
日本の書店は雑誌という定期刊行物が集客マシンとして機能していましたが、欧米の書店にはもともとそれがない。だからいかに店や本の存在を知ってもらい、定期的に情報を届けたり来店してもらい、継続的かつまとまったロットで本を買ってもらうのかに長年取り組んできました。
彼我の議論を比べると、たとえば日本の書店論や図書館論では、なぜか選書、棚作り、仕入の話、あるいはコンセプトや空間設計の話題から始まることが多い印象があります。しかし、いくらいい棚があっても、そこまで来てもらわなければ誰の目にも止まりません。順番的にまず考えなければならないのは「どうやってお客さんに認知してもらい、足を運んでもらうか」のはずです。一方、アメリカなどではGoogleマップのような地図アプリやトリップアドバイザーのような口コミアプリでお客さんに良い書き込みをしてもらうには、とか、お客さんに店で写真を撮ってもらってソーシャルメディア上で拡散してもらうには、といった入り口の流入の話もさかんです。
また、そうやって知ってもらい、いったん関係性ができたあとの顧客に継続利用してもらうための施策も日本では手薄です。書店は雑誌と外商の衰退以降、顧客との継続的な関係づくりや販売に対する具体的な方策があまり開拓されていません。外商というのは学校や図書館、企業など、店舗以外での本の販売のことです。
たとえば近年では本に関係するイベントが全国各地で行われ、盛況なことも多いですよね。でも、その場でたくさん本が売れたとしても、そこで出会った人たちに対して、出版社や書店が継続的な関係性を維持するためのツールはそれほど導入されていません。一昔前は「SNSをフォローしてください」でも良かった。ですが、今はどのSNSもアルゴリズムによるレコメンドが強くなりすぎ、フォロワーにさえ送りたい情報が届いていません。Xのように、利用者は多いものの揉めごとが多く、見ていると疲弊するために撤退していったユーザーも多い。こうした問題に対して、海外では出版社や書店では「送り手が届けたい情報が確度高く届くメディア」としてニュースレターやポッドキャストを採用することが一般化しています。また、CRM(顧客関係管理)ツールを入れて購買客へのサンキューメールやおすすめ書籍の情報をユーザーの購買履歴に基づいて自動発信することも当たり前に行われています。あるいは「定期的・継続的な購買」のための代表的な施策としては、たとえば半年や年単位でテーマを決めて、毎月本を届けるブッククラブや読書会があります。
――本書は一貫して、月2冊以下しか読まない人にどう買ってもらうかという姿勢が根底にあります。ではこの先、そのような人たちに本を届けるために、出版社、書店、あるいは書き手個人はどういったことをしていけばいいのでしょうか?
飯田 小中学生を除く全世代平均で見れば書籍の読書量は月に2冊以下、そういう人たちが全体の9割を占めていることは過去数十年間、出版産業が伸びている時期も縮み始めてからも大きくは変わっていません。したがって「どうやってもっと読んでもらうか」よりも「読み切らなくてもいいからもっと買ってもらう」「読まなくてもいいから『欲しい』と思ってもらう」ことにフォーカスするほうがビジネスとしては自然ではないかと思います。本をよく読む人の割合はせいぜい全体の1割であり、本好きはたいてい毎月すでに限界までお金と時間を投じています。この人たちに今以上に購買を増やしてもらうことは難しい。であれば、かつては雑誌を買いにふらっと本屋に来たついでに書籍を買っていた残り9割の人たちを、この時代に合わせてもう一度引きつけ、1冊でも多く買ってもらうには、という視点が不可欠です。
人は自分の知っているもの、知ったものしか買いません。ですから認知をとるためにできることはコンスタントに、なんでもやるしかない。字以外のビジュアルや音声も用いる、リアル空間へ露出する、情動に訴えかけるといったマルチモーダルなアプローチが重要です。……などと言っている私も、宣伝するのは原稿を書くよりはるかに疲れます。出版業界が「そんなことより良い本を作りたい」「棚をさわりたい」という人が多い世界なのは承知しています。でもいくらいいものがあっても、相手に届かなければ意味がありません。たとえば三宅香帆さんはそういう観点から見て大変精力的に活動してさまざまな本や本屋を広めていらっしゃいますので、その点では非常に参考になる存在だと思っています。
――本を売ろうと考えるのであれば、まずは発想の転換が必要だということですね。今日はどうもありがとうございました。(おわり)
★いいだ・いちし=出版ジャーナリスト・ライター。出版社にてカルチャー誌やライトノベルの編集者を経て、独立。著書に『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』『「若者の読書離れ」というウソ』『ウェブ小説30年史』など。一九八二年生。
書籍
| 書籍名 | この時代に本を売るにはどうすればいいのか |
| ISBN13 | 9784065420355 |
| ISBN10 | 4065420350 |
