感情労働の未来
恩蔵 絢子著
岩内 章太郎
哲学の世界では、長らく感情には低い地位が与えられてきた。それは動物的なものと結びつけられ、人間の本質だとは考えられなかったのである。感情は生の階梯の最初にあるものであり、誰もが――まだほんの小さな子でさえ――それを持っている。そのつど到来する感情に導かれるまま生きるのは動物的で受動的な生であり、私たちの正しい判断や行為のノイズになる感情を制御しながら生きるのが、理性的で能動的な生だと考えられてきた。
しかし、逆に言えば、感情こそは、およそ動物にとって生の拠り所となるものにほかならない。世界がどういうありかたをしているのか。その世界に対して自分はどういう態度をとりうるのか。こういったことを原的に告げ知らせるものが感情である。それに、人間の感情は複雑かつ幻想的なものだと言えるだろう。単に動物的なものと結びつけるのは短絡的すぎる。
一例をあげるなら、自己価値の承認を求める欲望は自我を不安にするが、これはほとんどの動物には見られない、人間に特有の感情である。私たちはいつも、他者からどう見られているのかを気にしている。他者の視線や言葉は、〈私〉の感情を大きく動かすだろう。うつ状態になったり、生きる希望を失ったりする。逆に、励まされたり、もう一度頑張ってみようと思えたりすることもある。感情は生の敵ではない。むしろ、〈私〉の生の内実を映し出し、それを了解するための鏡なのだ。
生成AIとのコミュニケーションの機会が増え、SNSで不特定多数の人びとと常につながれるようになった現代社会では、人間の「感情」の行方に注目が集まっている。ロボットや生成AIは感情を持たないし、SNSに存在する感情は、ことばによってデザインされた〈私〉どうしの間で交わされる、身体性を欠いたものだ。人間は感情から置き去りにされているようにも見える。
さて、恩蔵絢子『感情労働の未来』は、私たちが感情をいかに扱っていけばよいのかを最新の脳科学の知見から検証する。キーワードは「感情労働」である。それは、企業が従業員の感情をコントロールする労働、自分が感じているのとは異なる感情を表出することを求められる労働だ。
たとえば、サービス業では一般に、お客様に対して笑顔でいることが求められるだろう。強い口調で不当なことを言われても、それに「怒り」で応答してはいけない。穏やかな笑顔を浮かべながら、その〝ご意見〟に真摯に対応しなければならない。他者の感情を害さないよう、自分の感情を制御しろ、というわけである。おそらく、このことはサービス業にとどまらず、人間を相手にする仕事では、多かれ少なかれ、誰しもが経験することに違いない。
感情労働には大きな問題がある。恩蔵によれば、感情を動かすにも限界があり、それを使いすぎてしまえば、「他人の気持ちがどうでも良くなり人間扱いできなくなったり、自分に対してもそうなって、休日になっても『自分』という感覚が戻らなかったり、自分の価値がわからなくなってしまったりする」(五五頁)という。要するに、他者(企業)に合わせて自分の感情を繕い続けていくと、いずれ限界が訪れて、自分の輪郭が分からなくなってしまう、ということだ。
とはいえ、他者の感情を敏感に理解し、それに共感を示す「社会的感受性」を持つ人びとは、チーム全体の力を高める、という研究成果も出ている。心理学の領域において、この感受性は一つの能力として認められており、「対人的知能」あるいは「感情的知性」(EQ)とも呼ばれる。
一般に、偏差値やIQが知的能力の指標とされているが、感情的知性は「社会生活を円滑にしたり、集団としての能力をあげたり、個性を把握し社会の中に自分と他人の居場所を作る能力」(一八七頁)である。自他の感情に気づくことで、みんなが幸せを感じるための方法が分かる、というのである。
たしかに、最も直接的な所与であるはずの感情に気づくのは簡単ではない。自分がいま何を感じているのか、ということを丁寧に見ていくことに時間をかける人も少ないだろう。しかし、脳科学が示唆しているのは、自他の心の動きに気づけることは一つの重要な能力であり、それがチームのパフォーマンスや社会的な幸福につながっている、ということである。だとすれば、〈私〉の感情への気遣いが、じつは最も基礎的な自己への配慮だと言えるのかもしれない。(いわうち・しょうたろう=豊橋技術科学大学准教授・哲学・倫理学)
★おんぞう・あやこ=脳科学者・東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』など。一九七九年生。
書籍
| 書籍名 | 感情労働の未来 |
| ISBN13 | 9784309254951 |
| ISBN10 | 4309254950 |
