高野悦子『私のシネマライフ』
大森 さわこ
昨年、東京のミニシアター40年間の歴史を追った著書『ミニシアター再訪 都市と映画の物語 1980―2023』を上梓した。22年まで神保町にあった先駆的な劇場、岩波ホールの取材も収録。かつては唯一無二の文化の発信地だった。その劇場の伝説の総支配人、高野悦子氏が人生を振り返ったのが、この自伝的なエッセイ。取材を始めた頃、すでに高野氏は故人だったので貴重な1冊に思えた。
この劇場の記述だけではなく、彼女の青春時代も興味深い。映画の市場調査を行った学生時代を経て、やがて映画会社に入社。50年代後半、監督をめざしてパリの名門映画学校に入り、帰国後はテレビの脚本家となる。そして、68年に岩波ホールの総支配人へ。不可能を可能に変えてきた人物の勇気と情熱あふれる行動にエールを送りたくなる。女性の社会進出が難しかった時代の挑戦。パイオニア的な女性の行動が後の映画界を揺さぶったことが分る。明るくやわらかな語り口も魅力的だ。(おおもり・さわこ=映画評論家・ジャーナリスト)