書評キャンパス
村田沙耶香『コンビニ人間』
石黒 湊美
「〝普通〟って、本当にあるのだろうか?」。読み終えたあとも、この問いがずっと心に残っていた。
コンビニ人間は、コンビニで働く女性・古倉恵子を通して、〝普通〟という言葉のあいまいさや、その背後にある重圧を描いた作品である。ただの風変わりな女性の物語ではなく、私たちが直面する「社会の目」や「同調圧力」と深くつながっていると感じた。
恵子が安心を得たのは、コンビニのマニュアルに守られる時間だった。規則に従えば迷うことなく行動できる。それは一見不自由に思えるけれど、彼女にとっては責任から解放される自由だった。この逆説的な構図は、「自由とは何か」という自分の考えを揺さぶってきた。
一方で、家族や友人は「就職しなさい」「結婚しなさい」と〝普通〟を押しつけてくる。そこにあるのは善意というより、「みんなと同じでなければ排除される」という空気だ。特に妹の存在は、その強さを象徴しているように思えた。
物語半ばから登場する白羽は、「普通の人生」を送れないのは社会のせいだと語りながら、実際には〝普通〟に縛られていた。恵子は彼と過ごすことで、普通がいかに演技の積み重ねにすぎないかに気づき、最後には自分の居場所=コンビニに戻る。この選択は小さな勝利であり、「自分の感覚を信じてもよい」という強いメッセージとして響いた。
読みながら、筆者自身もSNSで「いいね」を気にすることや、周囲に合わせて振る舞うことがあると思い出した。もしかすると私たちも、自分の〝普通〟を演じているのかもしれない。この小説は、「その〝普通〟は本当に自分のものか」と問いかけてくる。
さらに考えると、学校やアルバイトでも〝普通〟は存在する。授業では発言しすぎたら浮いてしまうし、黙っていれば「暗い」と言われる。結局、〝普通〟という基準は周りの目がつくり出しているのだと思う。だからこそ、恵子のように「安心できる場所」を持つことはとても大事だと感じた。
また、コンビニという場所の描かれ方にも注目したい。均一な音楽、整えられた棚。そこは無機質であると同時に、恵子にとっては理想的な環境だった。筆者も学校の決まりごとに安心する感覚がある。そう思うと、恵子の感覚は特別ではなく、多くの人に共通するものだと気づいた。
恵子の姿は一見〝異常〟に見えるが、むしろとても誠実だった。他人の目に左右されず、自分の感覚を選び取ったからである。これから社会に出る自分にとって、この作品は「自分らしさを守るヒント」を与えてくれたように思う。人それぞれに違う〝普通〟があっていい。その気づきが、この小説からの最大の学びだった。
これから先「普通でいたいのか」「自分らしくいたいのか」と迷う場面にきっと出会うだろう。そのときに恵子の姿を思い出せば、自分にとって本当に大切なものを見失わずにいられる気がする。この作品は、ただ読むだけでなく、これから生きる中で折に触れて考え直すきっかけをくれる一冊だ。
書籍
| 書籍名 | コンビニ人間 |
