2025/12/26号 16面

追悼=西澤保彦

追悼=西澤保彦 有栖川有栖  早すぎるご逝去で、西澤保彦さんの新作が読めなくなった。じっくりと差しでお話しする機会も失われてしまい、喪失感がとても大きい。  西澤さんがデビューなさったのは一九九五年だから、私より六年遅いのだけれど、年齢が一つしか違わないせいもあってか(西澤さんが一歳下)、新本格ミステリを書く〈同期生〉という感覚をずっと持っていた。同期に先立たれると淋しさが身に沁みる。  私が最初の本を上梓した翌年、『聯殺』(のちに『聯愁殺』と改題して刊行)が第一回鮎川哲也賞の最終候補に連なったことで西澤保彦の名前を覚えた。それからしばらくして、ミステリファンとして拙作の感想を記したお手紙をいただいたこともあり、「ああ、この人を知っている。鮎川賞の候補になっていた。いずれ世に出る人だな」と思ったものだ。  そんな西澤さんのデビューが決まったことは、新本格の名付け親にして仕掛け人でもある講談社の編集者・宇山日出臣さんから教えてもらった。「もうすぐ出る本はすごいんだぞ」と子供のように笑いながら『解体諸因』について話してくれたのだが、上の階でエレベーターに乗った人物が地上階に下りる十六秒の間にバラバラ死体になっていた、という謎だけで啞然とした記憶がある。期待がふくらみ、刊行されるとすぐに読んで感嘆した。  新本格のステージに登場するのが少し遅れた分を取り戻すかのように、西澤さんは小気味よいペースで新作を送り出した。筆が速いだけでなく、中身はSF的でユニークな設定を取り込みつつ、常にロジカルでトリッキー。パワフルにして繊細な創作姿勢に脱帽しつつ、次は何をやらかすのかと目が離せなかった。  執筆活動が旺盛だったのはデビュー当初だけではない。ベテランの域に入っても切れ目なく作品を発表し、その技にはさらに磨きが掛かっていったことにも敬服あるのみ。  作者ご本人とは出版社が催す東京のパーティでよくお会いしたが、語らう時はたいてい大勢の人と一緒だった。高知在住と大阪在住という地理的な隔たりに加え、今になって思うと呑兵衛と下戸の違いも壁になっていたかもしれない。  「時間ができたら四国を周遊したい」と思ってプランを立てながら、「高知で泊まることにして、西澤さんに声を掛けたらご迷惑かな。ゆっくりお話しするチャンスだけれど、どうしようか」と考えたことがあった。そんなふうに迷うのも、もうできない。  SF的な特殊設定をミステリに取り込んだ実験精神の裏には現実への違和感があったのか否か。ジェンダーに関するこだわり、明朗な作品にも落ちる影は何に起因するのか。かねて興味があったのだが、デリケートな領域に立ち入ってしまいそうなので、それにふさわしい時間と場が欲しかった。  また、拙著『妃は船を沈める』にお書きいただいた文庫解説の中に、恥ずかしながらよく理解できない指摘があった。その意味も訊きそびれた。照れながら「あれはどういうことですか?」と尋ねたら、西澤さんは呆れたかもしれないが、苦笑もせず懇切丁寧に教えてくれたに違いない。  文庫解説を書いていただけたのは幸運だ。いつもお忙しいのが判っていたから頼みそびれていたら、西澤さんの方から『リドル・ロマンス 迷宮浪漫』の文庫化にあたり、私に「解説を」との依頼がきた。即座に快諾しつつ、「そのかわり、いつか私の文庫解説を書いてください」と持ち掛けてよかった。  いつも温和で、少しミステリアスだった西澤さん。もっとお話しがしたかったけれど、御作にもその作者にもこの地上でお会いできて幸いでした。  どうか安らかに。(ありすがわ・ありす=作家)    にしざわ・やすひこ氏=作家。二〇二五年一一月九日、肺がんで死去。六四歳。  一九六〇年生。一九九五年に「解体諸因」でデビュー。二〇二三年に「異分子の彼女」で第七六回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。著書に『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『収穫祭』『走馬灯交差点』〈腕貫探偵〉シリーズなど。