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山本貴光
第27回 書評の原点、活字の性質
前回は、書評紙「図書新聞」の終刊号に触れたところだった。同号でもう一つ目を向けておきたい記事がある。第3面掲載の米田綱路「書評紙の思想、その原点」だ。
米田は、同紙の編集長を務めた経験もあるスタッフライターで、『モスクワの孤独』(現代書館、2010)でサントリー学芸賞を受賞した書き手でもあることをご存じかもしれない。私はちょうど最新著『越境者ラデク ロシア革命までの東欧世界1885-1917』(現代書館、2026)を読み始めたところだった。その米田が聞き手として「図書新聞」掲載のインタビューをまとめた『語りの記憶・書物の精神史』(社会評論社、2000)「編者あとがき」に「図書新聞での三年足らずの時間を思うとき」と見えるから、同紙とは20世紀末頃からの長いつきあいであると思われる。
さて、「書評紙の思想、その原点」は「図書新聞を支えた先行者たちの精神――田所太郎・大輪盛登・井出彰」という副題に示されているように、同紙創刊からいまに至るまでを、3人の人物に焦点を当てて辿ったものだ。書評とその歴史に関心のある読者には一読を勧めたい。
ここでは紙幅の都合から2点に絞って触れてみる。一つは「読書共同体」という理念で、これは1949年に同紙を創刊した田所太郎(1911-1975)が、人と本が織りなす共同体を表した言葉だった。人がある本と出合って読むとき、あるいは読んだ本について誰かに伝えるとき、そのようにしなかった場合と比べて私たちの精神の自由が広がりうるのだとすれば、そうした機会を増やす書評は欠かせない存在であるだろう。また、前回触れたように、同紙が「書評紙であると同時に書評紙ではない」ものとして、同時代の社会や政治状況を批判的に検討し続けたのも、精神の自由を阻害するものへと抵抗するためであった。
このような書評や批評の働きは、目下情報洪水をもたらしているインターネットの普及によってどのような変化を被ってきたか。これは別途検討を要するとしても、「読書共同体」という表現を念頭に置くことで、現状を踏まえながら新たなかたちを目指し直すことができる、そうした理念として受け取りたい。
もう一つ注目したいのは、活字が持っている「待て」といえる性質の指摘だ。これは1975年の田所の自死によって途絶した同紙が翌年再刊した際、後を継いだ大輪盛登(1931-1990)の言葉だった。大輪の『メディア伝説』(時事通信社、1982)では、テレビやラジオとの対比で「活字は、時を止める」と指摘されている。これは、かつての比ではない情報の濁流に飲まれ、ほんの数分前に目にしたはずのものでさえ覚束ない状況にある私たちにとって、いっそう切実に身に染みる言葉ではないだろうか。印刷された文字は、現実の変化に遅れる代わり、勝手に変わることもない。だからこれと向き合う読者は、何度でも確かめ「待て、私はこう考える」と思考を巡らせることもできる。それは、私たちの思考の身の丈にあったメディアなのだと言ってもよい。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)
