2026/06/12号 5面

働く女の物語

働く女の物語 ルイザ・メイ・オルコット著 矢澤 美佐紀  この度、日本で初めて翻訳された本書の原題は『Work』。「(『若草物語』の)その後のジョーの物語」とも呼べる作品である(「訳者解題」)。舞台は一九世紀のアメリカだ。南北戦争前後の家父長制度を背景に、ヒロインと彼女が連帯する階層も年齢も異なる女たちが、限定された場でジェンダー規範や民族差別に抗いながら自らを生かそうと奮闘するシスターフッドの物語と言えるだろう。  二〇歳のクリスティは、保守的な農家の伯父夫婦のもとで単調な作業に従事していたが、自由を奪われる「主婦」へと押し込められることに抵抗する。「わたしにとってもっとも大事なのは、自分の力で生きること」なのだ(第十五章「盛夏」)。伯父らの反対を押し切って、心からやりがいを感じられるような有用な仕事を得るためボストンに出る。周囲が期待する結婚ありきのライフコースは脇へ押しやり、「使用人・女優・家庭教師・付添人・お針子」といった当時は差別的に見られていた仕事に果敢に挑んでいく。貧困に屈せず、知り合った女たちのままならぬ人生に寄り添い、ささやかな幸せを分かち合う。そうするうちにクリスティは、いつしか自らも助けられ、社会的視野が豊かに広がっていくのだった。  これは、経済的に頼りない父にかわって生涯家計を支え、若い頃自死さえ考えたというオルコットが、女が生きる選択肢がないに等しかった時代の自立に向けた格闘を、自身の過酷な現実の内部から立体的に描き出した半自伝的な作品である。同時に、多くの働く女たちの声にならない声に耳を傾けた多声的な作品でもある。『若草物語』の作者としてだけでは知り得なかった、オルコットの多面的な風貌(別名義で「煽情小説」も手がけ、様々な職業を経験)が行間から垣間見え、女の労働という歴史的な経験や女の主体性獲得におけるリアルな契機が生き生きと明かされていく。  和泉邦子と長岡亜生の訳は、殊に若い女の時に痛みを伴う怜悧な感性や言語化しづらい身体性を的確にとらえており、物語は理知的に、かつテンポ良く進行する。自分よりも苦境にある仲間には「賃金の一部を施し」、「死に物狂いで一生懸命働きながら、啓示を待ち続けた」が、あまりの労働の辛さに「苦々しい気持ち」にもなるクリスティの姿からは(第七章「霧を抜けて」)、キリスト教へのあつい信仰に支えられているが故の正直で健気な葛藤が伝わってきて胸をうたれる。  オルコットは生涯シングルを貫いたが、クリスティは身分や財産など社会的に高度な条件とは無関係の実直な園芸家と結婚する。『若草物語』では、当時の出版モラルに従ってヒロインを仕方なく結婚制度内に囲い込まざるをえなかったが、ここでは世間に公認された「英雄」ではなく、魂が共振する相手との平凡だが真に対等な営みを描こうと試みたようだ(かなり年上のベア教授はジョーの「煽情小説」を見下していた)。ラスト近く、「奴隷解放」という大義のもと北軍兵士となった夫と共に従軍看護婦として戦地に赴くことになる。その後の波瀾に満ちたストーリーは、是非読んで味わってもらいたい。  結婚前には、クリスティが『ジェイン・エア』のロチェスターを利己的な「罪人」だと批判し、年の離れた裕福な紳士からの一方的な求婚を拒む痛快な場面が挿入されている。和泉の「訳者解題」は、一九世紀英国におけるシャーロット・ブロンテなどの「家庭教師文学」とアメリカのオルコット作品との差異を、両国の階級社会の質から分析していて大変面白かった。近年オルコットの「煽情小説」も注目され、より包摂的な研究が進められているという。当時の風俗や、人々の息づかいが感じられる本書の美しい挿絵も一見の価値がある。(和泉邦子・長岡亜生訳)(やざわ・みさき=早稲田大学他非常勤講師・日本近代文学)  ★ルイザ・メイ・オルコット(一八三二―一八八八)=アメリカの作家。十代後半からさまざまな仕事に就き、南北戦争では従軍看護婦に志願した。『若草物語』(一八六八)により、作家としての地位を築く。小説や童話、詩など三〇〇以上の作品を残した。

書籍

書籍名 働く女の物語
ISBN13 9784779130984
ISBN10 4779130980