IDOL
町屋 良平著
杉森 仁香
小説は時空を操る。
冒頭に一言「時代は戦国」とさえ書けばすぐさま戦国時代へとタイムスリップできるし、「西暦五◯◯◯年」と書けばまだ見ぬ未来も描き出せる。しかし、どれほど自由に時空を行き来している文章であろうと、読み手の身体はいつだって「現代」に留まり、その不自由さが想像力を拡張し見知らぬ時代への理解も促す。
本書は七十年後の未来からやってきたキルトとアリスが、ボーイズグループ「8koBrights」略してエコブラの一員として活動する姿を中心に描き出す。オーディション番組の落選組によって結成したエコブラの活動は一筋縄ではいかず、不仲をはじめグループ内の不穏な動き、社会と接続された際の炎上を伴う軋轢など、さまざまな問題を抱えている。
未来人の二人は、やがてエコブラが解散を迎えることも当然知っているものの、そうした既知の未来を辿ることさえ安々とはいかない。単なるアイドル活動の描写だけでなく、SF、エンタメ、ミステリー、ブロマンスといった要素を内包した物語が展開されるが、多様な要素を貫くのは「身体の重要性」である。身体性は町屋作品にくりかえし描かれているテーマだが、本書における身体性はボクサーの生活を描いた『1R1分34秒』とも、単なる二項対立に留まらない加虐、被虐の関係性を描いた『ほんのこども』とも異なる描かれ方をしている。
現代、アイドルに限らずアスリートやパフォーマーが才能や努力のすえ優れた身体を獲得し、試合やステージで能力を発揮する姿は多くの感動を呼ぶ。ところが今作で描かれる未来では、テクノロジーを駆使すればあらゆる才能や個性も自在に再現できてしまうためにおのずと身体性の評価も変わり、「夢」や「才能」に至ってはある種の禁忌として封じられている。ダンス&ボーカルグループの面々が身体的パフォーマンスによって生み出すきらめきなど未来人には不慣れでしかなく、アリスの戸惑いは舞台上での嘔吐という形で表出する。自らの文化圏に存在しないものを、精神ではなく身体が拒否してしまうのである。
いかなる時代でも、身体はしばしば意識より早く、深く理解する。作中でも自然と身体が動いたり、思わず泣いてしまったりといった理屈より先に身体が反応するシーンがくりかえし描かれる。同時に、この世界に描かれる未来では身体に制限をかけることもたやすい。AIやテクノロジーが進化しているため、たとえば眠れない夜には身体アシストを利用して眠りに落ちることもできるという非常に合理的な世界である。それなのにどういうわけか、身体はときどき不合理的な働きをしてしまう。制限できると言えど、感情が溢れれば身体は思わぬ反応をする。そのままならなさは「AIでない、人間ならではのかわいさ」、ひいては本書に描かれる「ひとりひとりのキャラクターのかわいさ」にも繫がっていく。
本書は表題通りアイドルとしての活動と周辺の諸問題を主体に描きつつ、アリスが研究の一環として小説を書くという出来事を皮切りに、文学論が語られるシーンもある。本書における「小説」は、過去へ旅立った未来人が時空を超えて経験したものごとを他者に伝えるための重要な装置として機能している。未来人にとっての小説と、現代を生きる我々読者にとっての小説は別物であるはずだが、それでも小説という形で語られる言葉がいかに切実で、読み手の生活に大きな影響を及ぼすか、実感とともに想像できるはずだ。
小説は時空を操る。しかし読者は現代に身体を固定したまま不自由な時間を過ごすこととなる。だからこそ、と思う。だからこそ、不自由であるほど、読者は前のめりに想像力を働かせる。描かれていない空気や匂い、ビートの心地よさ、舞台のライティングがいかに眩しいかまで明確に想像し、「アイドル」という人間的な営みについて身体的に理解するのである。(すぎもり・にか=作家)
★まちや・りょうへい=作家。「1R1分34秒」で芥川賞、「私の批評」で川端康成文学賞受賞。著書に『ほんのこども』(野間文芸新人賞)『生きる演技』(織田作之助賞)『私の小説』(芸術選奨文部科学大臣賞)など。一九八三年生。
書籍
| 書籍名 | IDOL |
| ISBN13 | 9784778341220 |
| ISBN10 | 4778341228 |
