2026/10/23号 6面

モノに宿る真実

モノに宿る真実 澤宮 優著 佐藤 彰宣  戦争の記憶やその継承といえば、まず思い浮かべるのは戦争体験者の証言であろう。戦後八〇年以上を経過し、体験者がますます減少していくなかで、体験者たちの証言を記録することが差し迫った課題として社会的に広く認識されている。だが戦争の記憶を語るのは人だけではない。身の回りにあるモノが戦争の記憶を呼び起こすことがある。「モノには、そのモノにしかない物語がある」という問題意識のもとで、本書はモノに込められた戦争体験を紐解く。  著者の地元・熊本県を中心に、陸上選手の銅像や戦没画家の残した絵画、引き揚げの記念碑、炭鉱労働者と沖縄戦をつなぐ石碑などが取り上げられる。そのような先の戦争に関わるモノを起点に、関係者へのインタビューを通して戦争の悲劇を描き出す。  特筆すべきは、特定の地域に置かれた戦争体験者たちにまつわるモノがその地域にとっての戦争の記憶を物語るだけでなく、さまざまな場所における戦争の記憶へと接続していく過程である。例えば、映画『無法松の一生』にまつわる石碑は北九州の小倉にあるが、一九四三年版の同作は戦時中と占領期、二度にわたってフィルムが切り取られた検閲の歴史を象徴する作品である。同時にこの作品で重要な役を担った俳優の園井恵子は、「移動演劇桜隊」の一員として一九四五年八月六日に広島で被爆し亡くなっており、同演劇隊を追悼する殉難の碑は東京と広島にそれぞれ存在する。戦時中に撮影された一つの映画作品は、検閲をめぐる歴史だけでなく、広島原爆にもつながっていく。この他にも各章では地上戦が行われた沖縄戦や、満州および朝鮮半島からの引き上げなど、各地における戦争の記憶を扱っている。一つの対象からさまざまな地における戦争の記憶へと派生する様子は、戦争が残した傷あとの拡がりを窺い知ることができる。  本書では戦争の記憶にとっての「カットマン」(中継者)の重要性が繰り返し説かれる。野球での中継プレーを担う選手のように、戦争を直接体験した当事者からの記憶のボールを次世代へと届ける役割を指す。戦争(戦跡)考古学の取り組みや各地の平和記念館の運営、書店の戦争に関する絵本特集に至るまで、本書は戦争の記憶を宿したモノを発掘し、保存し、伝承していく「カットマン」たちの証言の記録でもある。当事者として戦争体験を語る世代が年々少なくなっていくなかで、体験者の語りをカバーし、さらにモノを通して初めて見えてくる戦争の記憶もあることから、モノこそが今後より重要な対象となっていくのは間違いない。  ただしモノの存在も恒久的ではない。戦争遺構や石碑もまた自然の風化という耐久性の問題に直面している。とはいえ保存のために改修すればいいという単純な話ではない。原爆ドームの保存をめぐる体験者たちの議論でも知られるように、人の手が加わった人工的なモニュメントとなることで、体験の切実さを生身でまとった遺構はその性格を変えることもある。本書では「戦争中の匂い」という表現が出てきたが、戦争遺跡は観光資源として綺麗に整備されることで多くの人々に知られる存在となるが、一方でモノに宿った戦時中の当事者たちの情念が見えづらくなってしまうというジレンマを抱えている。しかも歴史認識をめぐって政治的な対立が表出し、それぞれの「真実」が掲げられる時代のなかで、モノ自体もまた歴史認識をめぐる闘争の場となっている。そのような一筋縄ではいかない、モノによって戦争体験を「中継」することの複雑さもまた考えさせられた。  日常生活に溶け込んで気にも止められないモノのなかに、忘れられた戦争の記憶が埋め込まれていることがある。周囲の何気ないモノに目を向け、そこに戦争の痕跡を読み解くきっかけを与えてくれる一冊である。(さとう・あきのぶ=流通科学大学准教授・文化社会学・メディア史)  ★さわみや・ゆう=ノンフィクション作家。著書に『巨人軍最強の捕手』(第十四回ミズノスポーツライター賞優秀賞)『昭和の仕事』『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』など。一九六四年生。

書籍

書籍名 モノに宿る真実
ISBN13 9784863293335
ISBN10 486329333X