書評キャンパス
安部公房『内なる辺境/都市への回路』
倉地 智哉
「一切の「正統信仰」を拒否し、内なる辺境に向って内的亡命をはかるくらいは、同時代を意識した作家にとっての義務ではあるまいか」(「内なる辺境」)。
都市の彷徨者や失踪者を描いた作家・安部公房は、農耕国家の定住社会を破壊する、国境を越えた異端の可能性を論じ、国家中枢にある都市の内なる辺境性を指摘した。
本書は「内なる辺境」と「都市への回路」と題する評論を収録する。前者連載中にはチェコ事件が勃発し、緊急談話や講演という形式によって同時代的にその議論が深化され、インタビューや質疑応答を含む後者ではそれが文学理論として展開されている。
まず安部は「内なる辺境」収録の「ミリタリィ・ルック」に軍服のパロディ化に「異端をパロディにすることで、正統の根拠を同時にパロディ化しようとする、不敵な知恵」を見出し、「異端のパスポート」では、その正統と異端の対立原理をパラントロプスの絶滅とアウストラロピテクスの進化から検討する。
すなわち前者の絶滅は草食ゆえの保守的定着性、後者の進化は肉食ゆえの革新的移動性に起因し、このような既存社会から逸脱する異端的な移動性こそが人類史的発展の要因であるという。その後、肉の保存を可能にする火の発見が移動的な後者を新たな定住化に導き、移動性を包含するこの過程で発生した放牧民が第二次移動民となる。
農耕貴族は領土の境界線を強化することで遊牧民に対抗し、これによって辺境と国家が同時に成立したが、辺境が消滅した現代社会では、「育ちすぎた国境が、内部で辺境の卵を孵化させてしまった」のである。
安部は「内なる辺境」で外部からの移動民の襲来が国家の空間的固有性を破壊し、国境を超越した同時代感覚に導いたことを指摘する。講演「続・内なる辺境」で「国境を否定するという思想」を「それがぼくなんかの場合には、前提になっている」と語る安部は、都市の内なる辺境において国家主義的思想に代わり、国境を超える同時代性を正統と認める新たな異端の出現を期待する。同時代を意識する作家として内的亡命の企図を義務とする安部の発想は、ここに由来するものである。
そして安部が「都市への回路」収録の「内的亡命の文学」で指摘するのは、この内的亡命者による文学が、国境を持てなくなった意識ないし文化を内包することである。安部がガルシア=マルケスらの中南米文学を評価するのは、そこに国境意識がなく、時代の共有感覚である同時代性が生じているからである。
さらに「都市への回路」で都市の国家に対する自律性の回復と保証を唯一の「人間が脱出する方向」と論じる安部は、自らの共産党員時代を「非常に都市的な手探りだったと思う。農村的なものに対する、必死な抵抗だったと思う」と回顧する。
また講演「変貌する社会の人間関係」では国家主義を相対化する「未知の他者」について「それを発見する努力を文学の上でしたい」と語っている。
このように本書において展開される議論は、安部の創作活動と初期の革命運動を貫く思想の集大成として位置づけられるべきものである。
書籍
| 書籍名 | 内なる辺境/都市への回路 |
| ISBN13 | 9784122064379 |
| ISBN10 | 4122064376 |
