2025/12/19号 6面

児童文学

児童文学 土居 安子  ネット上の言葉ばかりを読んで疲れたときに、おいしい言葉、味わいのある言葉を活字でじっくり読んだ時の喜びは言いようがない。私にとって岩瀬成子『わたし、わかんない』(酒井駒子絵、講談社)と、最上一平『山の神の使い』(マメイケダ絵、童心社)は子どもの視点で、子どもの言葉で書かれながらも、何度読んでも発見のある味わい深い作品だった。前者は、わからないことをわからないといったために、先生からも同級生からも「わかんないちゃん」とからかわれ、体が学校を拒否する少女、中を描いている。後者は、主人公の大河が父とともに、目が見えなくなってきている祖父の家へ行き、父の二人の兄弟とともに田植え、稲刈りを手伝う。大河は夏休みにも一人で祖父母の家に行き、「山の神様」に出会う。翻訳作品の中で文学的で詩的だと思ったのはオランダの作品『ゾウのテウニス』(トーン・テレヘン作、長山さき訳、たまむらさちこ絵、 理論社)。ニンゲンの学校に通うゾウのテウニスがニンゲンとの違いを感じながらも、自分らしく生きていく様子を描く。動物の擬人化によって人間を描く手法は児童文学ではよく見られるが、『なんだかちがういぬうえくん』(きたやまようこ作、あかね書房)はおおらかなクマとしっかり者のイヌの友情関係を描いた幼年向け作品で、森でけがをしたくまざわくんが、助けにやってきたいぬうえくんに違和感を抱く。絵とともに描かれたユーモラスな展開が楽しい。  今年は、戦後80年で、昨年にも増して「戦争」にかかわる作品が多かった。『一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして』(木原育子文、沢野ひとし絵、福音館書店)は、アメリカで昔の戦争のことを調べているグループから日章旗を託された新聞記者の著者が、その日章旗に書かれた「一郎くん」を探す過程を紹介したノンフィクション絵本。一郎君が誰かを探す中で、戦争時代に生きた人たちの顔が見えてくる。『ONE DAY ホロコーストと闘いつづけた父と息子の実話』(マイケル・ローゼン文、ベンジャミン・フィリップス絵、横山和江訳、鈴木出版)は、「ONE DAY」(いつか)を夢みて「ONE DAY」(一日一日)を生き続け、アウシュヴィッツへの輸送列車から逃げ出した父子を描いた実話に基づいた作品。『もしも君の町がガザだったら』(高橋真樹著、ポプラ社)は、自分のこととしてイスラエルの状況を考えるノンフィクション作品で、絵本『わたしたちのふるさとパレスチナ』(ハンナ・ムシャッベク文、リーム・マドゥ絵、野坂悦子訳、鈴木啓之監修、ほるぷ出版)は、アメリカに住む3人の娘が、パレスチナでの子ども時代を父に語ってもらう。絵本『勇士アフマド イランのむかしばなし』(愛甲恵子文、網代幸介絵、BL出版)と絵本『バルレッタのふしぎな大おとこ』(トミー・デ・パオラ再話・絵、 福本友美子訳、光村教育図書)は、昔話や伝説の中で、平和の意味や暴力の愚かさをユーモラスに描いている。  そのほか、昔話的要素を現代の物語として描いた様式的な絵が美しい『レーナとヒキガエルの紳士』(ミリアム・ダーマン文、ニコラ・ディガール文、ジュリア・サルダ絵、河野万里子訳、徳間書店)、高校の古典研究部で「堤中納言物語」を読む『業平センパイの読書会 堤中納言物語』(花形みつる作、偕成社)、モナ・リザ盗難事件を追ったノンフィクション『消えたモナ・リザ』(ニコラス・デイ作、千葉茂樹訳、小学館)、全国で言い伝えられている妖怪について検証する『妖怪大探検! ミイラや骨、記録から真実をさぐろう』(香川雅信監修、PHP研究所)も印象に残った。(どい・やすこ=大阪国際児童文学振興財団理事)