日常の向こう側 ぼくの内側No.702
横尾忠則
2025.7.28 首にタオルを巻くだけで4ヶ月近く激痛に悩まされたのがピタリと治ったことで、どの医者も気づかなかったぼくの独創的な治療法に、人間は誰でも内なる主治医を体内に宿しているということに気づいた。問いも答えも実はひとりひとりの肉体の中に存在しているということです。
郵政省の花里さんが、来年90歳になる記念とか、なんとか、ぼくの郵便に関する作品の展示会ができないかと言ってきた。その目玉作品として17歳(1953年)の時に、「皇太子殿下御外遊記念」切手に応募して入賞した原画が郵政省内で発見されたので、それを展示したい、また同じ頃、エリザベス・テーラーにファンレターを送ったところ、その返事が来たという手紙の全文が掲載された新聞など、そしてぼくのデザインした2種類の切手とその原画も展示したいと、実にノスタルジックな過去の再現の企画に乗らないわけにはいかんのでOKする。
イチローの殿堂入りの祝賀会とドジャース戦の二元放送を見る。人ごとなのになぜか感動してしまったのであります。
2025.7.29 宮本さんが犬山の第2弾のポスターの依頼に。デザイナーは昔取った杵柄、考えなくてもできちゃう。
ウェブマガジンのMOCのインタビュー。
夜は妻の誕生日祝いとばかり、娘もやってきて寿司の出前。
2025.7.30 首の痛い頚椎症患者が物凄く多発しているという。スマホなどで首を垂れる習慣の固定化が原因らしいが、ぼくの場合は冷房かな?
カムチャツカ沖の地震で太平洋沿岸が津波の被害を受けているという報道が終日テレビから流れている。
2025.7.31 中京テレビのプロデューサー村地賢さんらが海外向けの「OWARAI」ポスターを制作したが、その展開の企画にと来訪。
2025.8.1 天候不順の一日になるらしい。降ったり止んだりの中、都現美の藤井さんがコレクションの作品の選択に。
2025.8.2 舞台演出家のロバート・ウィルソンが84歳で死去。もう20年も30年にもなるけれど、子供の玩具でパタパタ動く鳥を持って遊びにくる。その後、ロスで同じ画廊で2人展ではないが、同時に個展をした。一昨年だったか高松宮殿下記念世界文化賞で来日したが、ぼくの体調が悪く会えなかったが、まさか亡くなるとは。
書評のためにある本を一冊読んだ。学者の書いた本だが、こんなことを知ってどうなるんだ、生きることとは何の関係もない、実に無駄な時間を無駄な研究に費やしたもんだが、これでいいのかも知れないとも思う。
2025.8.3 昨日夕方、絹谷幸二さんの家の前を通って帰路に向かう時、何人か人がたたずんでいる様子にちょっと異変を感じたが、今朝の新聞で絹谷さんの死去(82歳)を知って驚く。アトリエへの往路はいつも彼の家の前を通っていて、年始の箱根駅伝には毎年箱根の富士屋ホテルに投宿していたので、元気だとばかり思っていた。親密な交流はなかったが、2ヶ月ほど前に絹谷さんの家族の特集番組では岡本太郎ばりに両手を広げておちゃめなポーズで元気をアピールしていただけに驚く。
南雄介さん来訪。毎日のように来客の相手をしていると逃げたくなるのに、土、日、祭日になると急に人恋しくなる。南さんを横浜から呼んで、用もないのに雑談がしたくなって遊びに来てもらう。4時間ばかり美術雑談を交す。
2、3日前からベッドに入ると江戸川乱歩の少年探偵小説を読むくせがついてしまった。『超人ニコラ』、これが面白い。フェイク小説とでもいうのか、芸術は全てフェイクであると確信する。そうか、今、描いている夫婦像も実は古事記のイザナギ、イザナミのフェイクであったかと納得。黒澤明さんがシェイクスピアをフェイクしたように天才はみなフェイクの天才なのである。(よこお・ただのり=美術家)