2026/09/04号 5面

楽天的闘病論

〈書評キャンパス〉前田益尚『楽天的闘病論』(戸奈尾太一)
書評キャンパス 前田益尚『楽天的闘病論』 戸奈尾 太一  先日、母が入院することになった。母は自分より家事のことばかり心配し、「退院したら、サムギョプサルを作ろうかしら」と言うほどだった。病室で、退院後を自由に思い描き、病人らしさを感じさせない母の姿から、私は楽天的に生きるとはどのようなことか思い巡らせた。その時に出会ったのが本書である。  本書は、楽天的な思考や言動が心身の機能回復を促すという持論をもとに、社会学者・前田益尚が、ステージ4の下咽頭がんと重度のアルコール依存症という自らの闘病を振り返った回顧録である。  二つの物語は全く別の楽天性を展開し、前編となるがんとの闘いでは、破天荒さと論理性、さらにブラックユーモアが共存している。前編の象徴的な例として、嚥下機能のリハビリの場面がある。一般的な嚥下訓練は、安全性を考慮してゼリー等の液体物で行う。しかし著者は、液体物では気道に入ってむせるから、最初から固体の飲み込みを鍛えた方が良いという自説を立てた。実際に検証してみると、食べ物の切れ端は次々と食道に転がり込んでいった。これには担当医も啞然とし、「私の指導より一気食いの方が正しかったかも」と言った。  著者にかかれば病院は「テーマパーク」に変わり、検査や投薬は「アトラクション」に、医療スタッフは「キャスト」だと夢想される。現実が変わったわけではない。しかしそう呼び換えることで、苦痛への向き合い方を変えようとしたのである。  このような言動を支える背景には、シカゴ学派の社会学者ハワード・ベッカーのラベリング論がある。ラベリング論とは、人が貼りつける言葉やイメージが本人や周囲に影響を及ぼすという考えだ。つまり、ポジティブな振る舞いや言葉を選ぶことで、自身の病状や生活の質を少しでも好転させようとしたのである。  突飛な闘病スタイルは本書随一の魅力であり、また問題点となっている。心身ともに摩耗した患者が著者の全ての闘病論を真似ることは現実的でない。治療で生じた苦悩を恋愛に対する苦悩に上書きするため、好きな看護士が巡回する度にギャグを披露する。学生の立場から見ても、その効果を一般化することには慎重であるべきと感じた。その点から後編は、前編ないし本テーマの楽天的な闘病方法の、ある種のアンチテーゼの役割を果たしている。  著者は講義中にゴミ箱に吐いてしまうほどの自制の効かないアル中であった。がん治療後も暴飲を繰り返し、快復から数年後には再び天井のシミを眺める事態となる。アルコール依存症は「名医のいない病」と称されるように、克服は容易でない。  毎日通った自助会の参加記録。自分が酔って迷惑をかけてきたという認知・反省・謝罪。これらが後悔ともに淡々と記されている。前編でのユーモアは影を潜めてしまったようだ。感情を過度に演出せず、回復の過程を淡々と記した筆致は、社会学者らしい冷静さを感じさせる。一方で、暗い現実だけでなく、依存症を脱して社会復帰しようとする希望も随所に見ることができる。  本書における「楽天的」とは辞書通りの、のんきで明るい様子を示した語ではなかった。真摯に、積極的に困難に挑むことによって、心身の安寧を取り戻す営みであった。だからこそ現在も、著者は強固な意志で断酒を続けられているのだ。  振り返ると、母は楽天的闘病論の無意識な実践家だった。家事の心配の裏に、家族愛があることに疑いはない。と同時に、自分の未来の姿を積極的に暗示することで、不安な入院生活を乗り越えるモチベーションとなっていたのだろう。  医者に隠れて飲食する社会学者の挑戦は、病に苦しむ多くの人々の、心に秘めた希望に繫がっている。

書籍

書籍名 楽天的闘病論
ISBN13 9784771027282
ISBN10 4771027285