国際連合の誕生
細谷 雄一著
山本 慎一
国連の歴史を振り返ると、安保理の機能不全を経験した冷戦期を経て、1990年代から2000年代にかけては平和維持機能の活性化がみられる一方で、2010年代以降は中国の影響力拡大による常任理事国間のパワーバランスの変化がみられる。そして2020年代のロシアによる軍事侵攻と米国第一主義を前面にした国連外交の展開に直面し、創設から80年を迎えた国連に対して不要論や代替論が喧伝される一方、安保理をはじめ行財政における改革論も展開されている。現代はまさに国連の存在意義が厳しく問われる時代である。そのような時代だからこそ、国際連合の誕生に至る過程を政治外交史の観点から振り返り、その原点を顧みて存在意義を考える上で、本書は最良の書である。
本書の構成は書き下ろしの序章、第6章、第7章、終章を含めた全9章で構成される。序章では、国連は米国の手によって創られたとする一般的な認識に対し、イギリス外交史を専門とする著者の視座から国連創設の歴史を辿る意義を示し、本書に通底する問題意識、すなわち「国連成立の歴史を学ぶことは、そのまま現代世界における平和と安全の重要な本質を理解することに繫がる」(14頁)ことを指摘する。また、『戦後国際秩序とイギリス』(創文社、2001年)以来、イギリス外交史に関する豊富な研究書を公刊してきた著者による国連成立史の先行研究の整理も見事である。
第1章では、「『国際連合』の起源」と題し、大西洋憲章をめぐる英米の外交交渉過程を、イギリス政府の視座から描き出す。イギリスが「戦争目的」と「戦後構想」を明確化していく背景を、国内政治過程と英米関係から紡ぎ出し、「国連」の起源が理想主義的な将来構想ではなく、「イギリスの国家としての生存を確保して、目前の戦争に勝利するという極めて現実主義的な要請から生み出された」ことを指摘する(43頁)。
第2章では、ヨーロッパで圧倒的な力を示すナチス・ドイツに対抗するためにソ連との戦争協力を模索する対ソ外交と、戦後構想において大国間協調を実現するための対米外交の観点から、連合国宣言に至る交渉過程が描かれる。英米ソに中華民国を加えた四大国と、22カ国の署名国を加えた「連合国宣言」(Declar-ation by the United Nations)は、「大国間協調の論理」と「水平的な主権平等の論理」が内在していることを指摘する(97頁)。
第3章では、外務官僚グラッドウィン・ジェブを中心にした「国連構想」の策定過程に焦点を当て、ローズベルト米大統領の「四人の警察官」構想と比較してイギリスにとっての「四大国構想」の意味合いを明らかにし、戦後構想と地域主義との関係性に関する国内の意見対立を紹介する。本章で描かれる「『国連構想』をめぐる意見の対立は、戦後イギリス外交の方向性をめぐる意見の相違でもあった」(156頁)と評価する。
第4章では、外交史家であるチャールズ・ウェブスター教授がイギリス政府内に入り、「国連構想」を具体化し、ジェブとの共同作業により国連創設に向けて果たした役割を描き出す。両者の貢献は、「国際連合創設への設計図」という本章の章題に表れている。
第5章では、1943年夏から同年10月のモスクワ外相会議後の四国宣言に至るイギリス外交に焦点を当て、同宣言が「英米両国間の協議と調整の上に、ソ連の合意が乗ることで」成立し、「国際連合の直接的な起源となり根拠となるものであった」ことを指摘する(216頁)。米国が戦後構想として示した四国宣言案に対し、その中で示された主権平等の考え方をイギリスの大国間協調の考え方とどのように整合させるのか、国際的な平和と安全を維持するための一般的な国際機構創設の必要性をソ連や英連邦の自治領諸国とどのように調整するのか、英米関係を中心にソ連を含めた三大国間の関係性を描き出す。
第6章は、「ダンバートン・オークス会議への道」と題し、本書の中で最も紙幅が割かれた章である。モスクワ外相会議後からダンバートン・オークス提案とヤルタ会談に至るまでの期間に焦点を当て、国連創設をめぐる英米の外交交渉と政府内での調整過程を中心に描き出す。戦後の国際機構構想において、地域主義的な構想から普遍主義的な性質に傾く過程、「四人の警察官」構想を具体化していく過程、普遍主義と地域主義の相互補完性、大国間協調を維持するためのソ連や自治領諸国への配慮、安保理の表決手続における拒否権の検討といった内容が描かれる。
第7章では、サンフランシスコ会議において国連憲章が採択される交渉過程を描き出す。ダンバートン・オークス提案で合意に至らなかった常任理事国による拒否権行使の範囲、集団的自衛権や地域機構との関係性について、国連憲章に反映されるまでの関係国の思惑とイギリス外交の貢献が本章では描かれる。
終章では、サンフランシスコ会議後から国連創設に至るまでの準備作業の局面でジェブが果たした貢献を、彼の秘書官となり、後に国連事務次長を務めるブライアン・アークハートの回顧録を基に描き出す。国連創設に設計段階から関わってきたジェブは、「大国政治という現実」と「大国間協調の重要性」を深く理解していたからこそ、イギリス政府は「リアリズム的な思考に基づいて国連を創設し」ており、ジェブの構想や戦略を知ることが「国連の本質を理解する上で大きな意義を持つ」ことを指摘する(335―336頁)。
国連憲章体制の下で国際社会の組織化が進展する現代の国連システムは、リベラルな多国間主義を基調とする国連観が浸透する一方で、大国間の対立や分断により非難に晒され、危機が叫ばれてきたからこそ、創設時の経緯を辿り国連に内在するリアリズム的要素を理解する意義がある。過度な楽観や悲観は控え、冷静に現実を見つめる上で、本書は時宜に適った最良の歴史書である。(やまもと・しんいち=香川大学教授・国際法)
★ほそや・ゆういち=慶應義塾大学教授・国際政治史・イギリス外交史。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交』『迷走するイギリス』など。一九七一年生。
書籍
| 書籍名 | 国際連合の誕生 |
| ISBN13 | 9784623099337 |
| ISBN10 | 4623099334 |
