2026/08/28号 1面

〈生命〉とは何か

鼎談=小松 美彦×斎藤 光×廣野 喜幸<〈いのち〉に迫る生命論へ>小松美彦『〈生命〉とは何か』(筑摩書房)刊行を機に
鼎談=小松 美彦×斎藤 光×廣野 喜幸 <〈いのち〉に迫る生命論へ> 小松美彦『〈生命〉とは何か』(筑摩書房)刊行を機に  科学史家の小松美彦氏が、『〈生命〉とは何か科学的生命観、2600年の歴史とその超克』(筑摩書房)を上梓した。氏の生命論史研究の現時点における〝総括〟であり、目の前にありながら見過ごされてしまう〈生命〉の立ち現れへと目を開かせる話題作だ。小松氏と、同じく科学史家の斎藤光氏・廣野喜幸氏の三者によって行われた討議を載録する。(編集部)  小松 鼎談いただく斎藤光さん、廣野喜幸さんは、学生時代からの知己であり、遠慮のない間柄ですので、本音でぶつかりあいたいと思っております。  斎藤 はい、旧知でも馴れ合うのはよしにしましょう。本書は、本紙の「上半期の三冊」企画(7月24日号)でも、坂野徹、塚原東吾、粥川準二の三氏があげている注目作ですね。その注目作をめぐり討議していくわけですが、読者のためにも、まずは概要を小松さんから話してもらうのがよいのではないでしょうか。  小松 承知しました。拙著は大きく分けて三つからなります。  一つ、タレスに始まり現在に至るまで2600年の生命観の歴史を、「機械論VS生気論」図式に替わる新たな視座から再構成しました。その上で、科学的生命観の歴史全体を概括し、批判を試みました。  二つ、科学における生命観の歴史に対し、哲学的な生命観を問い直すべく、存在論哲学の最高峰ハイデガーの関連議論を批判的に検討しました。その結果、科学における生命論も、哲学における生命論も、眼前の〈生きていることそれ自体〉をきちんと捉えていない点で同様だと総括しました。  三つ、それでは生命についていかに考えることができるのか。植物の生命に光を当て、中世イスラームの哲学者イブン・アラビーの「存在一性論」と呼ばれる思想をもとに追究しました。  最後に、藤原定家の著名な和歌の解釈を通じて、「生命/存在」の要を示唆し、本書は今後へと開かれた形で閉じています。  廣野 2600年に及ぶ生命論史、ハイデガー、植物の三つですね。簡便のため、それぞれ第一部・第二部・第三部と呼ばせてください。第二部について、専門外の斎藤さんと私が討議するのは僭越なので、スキップすることになると思います。小松さんと読者には申し訳ないのですが、ご了承ください。  小松 そもそもハイデガー批判や定家の歌の解釈など、僭越なのは私ですが、紙面も限られていますからね。  斎藤 本書の構成の概要は分かったとして、そこで小松さんがいかなるメッセージを発しているかが問題になります。まず第一部について。小松さんが先ほど述べた「新たな視座」とは、19世紀以前は基本的には、「《隠れた能動的原理》+《隠れた根本物質》」という多数派と、「《隠れた根本物質》一元論」という少数派の流れがあったというものですね。これを小松図式と命名しましょう。小松図式は、19世紀以前の2400年位に関しては非常にわかりやすく、かつ秀逸な視点だと思いました。  小松 ありがとうございます。私の図式は自覚的には我流の新機軸ですが、その着想には、カッシーラーの「実体概念から関数概念」や、フーコーの「見えるもの/見えないもの」といった概念軸が影響していると思います。  廣野 科学史家の林真理さんは、今後AIが通史をものすることはあっても、一人の人間が通史を書くことはできないのではないか、と述べていました。本書が人間の書いた最後の通史になるのではないか、というのが林さんの感懐です。2600年にわたる生命観の通史を一人の著者が書き切った、しかも新たな視座のもとで。これは驚きだということでしょう。先に名前があがった坂野さんも、端的に力技としか言いようがないですねと述べていました。  斎藤 通史を書くためには、ギリシアの思想や中世の思想、現代科学における膨大な蓄積などをおおむね押さえておく必要がある。それには、古典を原文で読み、高度な数式も駆使される科学論文も紐解き、個別領域の専門家に伍するレベルに到達しておくのが望ましい。廣重徹は、科学史家はそうあるべきだという過大な要求を表明したことがありましたが、そんなスーパーマンなど今日到底期待できない。一人の著者が通史を書けば、綻びが満載のものになりかねず、それは、勇気ある知的営みというよりは、蛮勇だというのが、アカデミズムの相場でしょう。  廣野 問題はこれからのはずです。第一に、本当に小松図式が妥当なのか。これから始まるであろう、各専門家の吟味に小松図式は耐えられるか。パルメニデスの専門家が、小松図式を妥当だと認定してくれるか。私はデカルトを少々かじっただけですが、小松図式におけるデカルト論を専門家がどれほど支持してくれるかは、微妙なところかもしれません。本音でぶつかりあう場なので、あえて指摘しておきます。  小松 力技に感じられる図式の背後には、もちろんそれなりの作業があるわけです。パルメニデスとの関係を強く意識して生命論史を描いたのは拙著が初めてだと思いますが、パルメニデスの纏め方自体は標準的なはずです。また、目玉の一つのデカルト解釈は、専門家への挑戦ですから、簡単に支持は得られないでしょう。ともあれ、大いに批判していただきたいと願っています。  斎藤 確かに綻び満載では困りますが、図式の価値は違うところにもあると思います。新たな研究を誘ってくれる能産性・生産性という価値です。  廣野 そうですね。本書で小松さんは、フーコーの言葉に何度も指針として言及していますが、フーコーの哲学は、例えば『狂気の歴史』でデリダに指摘されたように、妥当性については首をかしげるときも多い。しかし、ものすごい能産性を誇っている。夥しい量の後続研究が現れる。  斎藤 能産性を拓く上で文体も重要ですね。先ほどの坂野さんが、本書の第一部について、「小松さんの文章じゃないみたいだ」と仰いました。小松さんは「あとがき」で恩師諸氏にオマージュを捧げていて、その中にすぐれたウィルス学者兼医学史家だった川喜田愛郎先生の名前が出ていますが、私は「川喜田先生の文章みたいだ」という読後感を覚えました。  小松 川喜田先生の文章を想起したというのは嬉しい指摘です。私が学生時代に最も影響を受けた研究書は、日本のものでは中村禎里先生の『生物学を創った人々』(日本放送出版協会→みすず書房)と、川喜田先生の大著『近代医学の史的基盤』(上下巻、岩波書店)のブルドーザーの如き論述でした。それら生物学史や医学史の雄編に対して、私は生命論史・生命観史を書きたいと考えてきました。  斎藤 大雑把に言って、第一部は川喜田先生を彷彿とさせる歴史記述になっている。第二部・第三部は小松節ですよね。この文体の差は何なのでしょうか。  小松 正確には、お二人の言う第一部は第一章から第四章が該当します。第三章までで、科学的生命観の歴史を再構成し、第四章で、その歴史全体を批判的に総括しました。それゆえ第四章は従前の私の文体のはずですが、第一章から第三章は独自の再構成といっても歴史記述ですから、淡々と記しています。ここで気張ってもしょうがないし、気張りようがありません。  斎藤 そこに違和感があります。気張りようがあったのではないでしょうか。小松図式はわかりやすくはあるのですが、例えば、そうした理解が、現在の生物学や生命科学や医学を考える上でどのような有効性を発揮できるのか。それらの学問を批判的に検討する、後続の研究を生みだす生産性があるのかは疑問です。一言で言えば、第一部は科学批判だとしても、弱い科学批判にしかなっていない。 廣野 早世した金森修さんは、死の直前に、「科学史は科学批判でなければならない」というテーゼを打ち出しました。この金森テーゼに対して、小松さんはどう考えているのでしょう。それを肯定するなら、斎藤さんが述べた、生命論史の書き換えの意義はどこにあると考えていますか。 小松 広義には金森テーゼに連帯しています。生命に関して科学はどこまでいっても、眼前の〈生きていることそれ自体〉ではなく、〈生きていることそれ自体〉を生み出す《隠れた何か》を探究している。小著では、「その点を自覚しましょう。私たちが追い求めていた生命やいのちは、科学の探究方向とは違うところにあるのではないですか」と呼びかけているのです。 斎藤 その呼びかけが届くのであれば、ある種の科学批判です。ですが、やはり弱い科学批判ではないですか。科学研究はお好きにどうぞ、ただし、違う場所に本質はあるんですよ、という構えになっていませんか。 小松 この問題については、最後にもう一度立ち戻ることにさせてください。一言だけ述べておくと、拙著は、「生命論史の再構成が現在の生物学・生命科学・医学にもたらす有効性」について論じていないし、そもそも部分的な改良主義の立場にはありません。生命に対して科学が行ってきたことの根本を顧みているのです。  廣野 私も、斎藤さんとは違う論点ですが、気張りようがあったのではないかと思えました。廣松渉先生がよくこう仰っていました。「私はかなり斬新な哲学を開陳しているつもりです。その際、論述には工夫しています。斬新な哲学を淡々と述べただけでは、従来のヒュポダイムで読まれてしまい、その斬新さを理解してもらえない。そこで、従来の見方だとこうなるが、新しい見方だと、このように違った風景が見えるのだと、つねに対比をも明示するように心掛けています」。小松さんの淡々とした歴史記述は、この廣松アドバイスに従っていないように思えます。  小松 あえてアピールの機会を与えてもらったのだと思いますが、仰るようなことはないつもりです。気張りようがないと先ほど言いましたが、いささか自重が過ぎたようで、特にトマス・アクィナス―スアレス―ハーヴィ―デカルトのあたりは、恥ずかしながらかなり気張っているでしょう。また、新図式による18世紀までの再構成を終える所で、それがなぜ「機械論VS生気論」図式になってしまうのかを整理しています。そしてそもそも、新図式によって何がはじめて見えたのか、この眼目を第四章で一章分とって総括的に詳論しています。  斎藤 「機械論VS生気論」図式は大きな問題を抱えもつ。それはその通りでしょう。先ほどあがった中村禎里先生は、ハーヴィの検討に多大な精力を注ぎました。それは、ハーヴィによる研究は生命研究のあり方を変えた革命であったという見通しのもとでの挑戦だった。小松図式では、生命論という次元に限れば、ハーヴィは以前と同じ枠組みの中にあるのであって、それを革命として歴史的に位置づけてきた従来の見方はちゃんちゃらおかしいという主張をなさるのでしょうか。  小松 「ちゃんちゃらおかしい」とは思いません。拙著は、そうであるからこその書き方になっているはずです。ただし、注意すべきは、ハーヴィによる革命は「生理学史」の上での話であって、「生命論史・生命観史」の上ではそうはならないことです。ハーヴィによれば、血液循環の原動力は「精気」であり、血液循環の目的は原動力たる精気を全身に行き渡らせることでした。しかも、デカルトから精気説を批判されると、デカルトと同じく「火の熱」説に変更し、《隠れた根本原理》の存在という大前提にとらわれています。このようにハーヴィの生命観は旧態依然としており、生命論史・生命観史という観点では革命とはいえないと思います。  ハーヴィに関して着目すべきは、生命観の点では旧態依然としているのに、血液循環説という斬新な生理学理論を登場させたことです。また、私に対して批判されるべき点は、血液循環説がその後の生命観の歴史に与えた影響の有無を記していないことでしょう。  廣野 「ハーヴィ革命」が真の革命ではないとは驚くべき提言です。  斎藤 今、小松図式の含意が一点、語られました。これを知るためだけにでも、『〈生命〉とは何か』の読者にとって、本鼎談は必読でしょう。  廣野 図式の秀逸さについてさらに一点。《隠れた根本物質》と《隠れた能動的原理》という主流派の中でのある種の対立や抗争、そして生命論とは違った次元での「革新」、そうしたダイナミズムを描くためには、《隠れた根本物質》と《隠れた能動的原理》とは違った道具立て、補助図式が必要なように思えます。「機械論VS生気論」なる図式の不毛さを克服するために、小松図式が提案された経緯は得心しました。しかし、小松図式は「機械論VS生気論」図式より深いレイヤーに位置するのではないでしょうか。「機械論VS生気論」で指し示されていた角逐を新たに捉え返す補助図式こそが、「機械論VS生気論」図式に替わるものではないでしょうか。  小松 その指摘から顧みれば、《隠れた能動的原理》を固持する主潮流においても、17世紀以後は、「霊魂」が放逐される傾向がありました。デカルトは理性霊魂以外の霊魂を認めなかったし、18世紀以降に導入された《隠れた能動的原理》には、シュタールのアニマを例外として、霊魂関連の語を冠したものはたぶんない。ラマルクは非物質的という理由で霊魂の類を一掃しましたが、非物質的なはずの生命力を認めている。この全体傾向は、村上陽一郎先生提唱の「聖俗革命」の一環と見なせるでしょう。キリスト教からの離脱と離脱の仕方をめぐる対立が、補助図式の一つになるかもしれません。  廣野 なるほど。ちょっと蒙を啓かれた気がします。だとすると、小松さんは「固持する」と仰いましたが、それは結果にすぎないのであって、《隠れた能動的原理》派の内部にあっても、そこから脱却する契機を孕んでいた人々と安住する人々がいて、両陣営がおおむね機械論や生気論と不適切な規定をなされてきたのかもしれません。  小松 「固持する」と表現したことのおかしさは、ご指摘の通りです。  斎藤 小松図式の全体的な志向は認めるとして、確かに19世紀以前の2400年位の生命観については秀逸ですが、その後の200年については、分かりやすいとは言えない。19世紀には、生命観は一大転換を迎え、唯物論的生命観・力学的生命観・実証主義的生命観の鼎立時代が成立したとされます。そして、20世紀になると、唯物論的生命観は遺伝子決定論へ、力学的生命観の一部と実証主義的生命観の一部(とキリスト教思想)が融合して脳還元論へ、実証主義的生命観の他の一部が神経科学を梃子にして、河本英夫さんに代表されるオートポイエーシス論へ、実証主義的生命観のさらに他の一部は情報理論を梃子にして「人間=コンピュータ」論に変貌するといった具合に、四つの科学的生命観の時代を迎えるとされています。だいぶ錯綜しています。  小松 私なりに「大転換」という言葉で18〜19世紀に起きたことを表現したのは、この時代、生命力や霊魂などの《隠れた能動的原理》が否定され、《隠れた過程》や《隠れた構造》によって描き直されたと考えられるからです。古代ギリシアから連綿と続いてきた《隠れた能動的原理》が消えた、という意味で、大転換だったわけです。ところが、大転換に見えるこの地殻変動も、さらにメタレベルで見ると、《隠れた何か》を探究するという点では変わりない。探究されるべき「何か」が《隠れた能動的原理》から目に見えない物質的な生理機構へと、つまり《隠れた過程》や《隠れた構造》へと移行しただけで、本質的には2500年にわたって生命研究が行ってきたことは変わっていないのです。  斎藤 しかし、そのような「地殻変動」やそれに続く歴史的展開がなぜ生じたのか。図式的な記述はなされているが、そのダイナミズムをもたらしたメカニズムについては、よく分からない。つまり、小松さんは〝集大成〟とされていますが、さらに発展させた真の集大成を読んでみたいものです。  小松 いや、それは斎藤さんや廣野さんが先頭で牽引してくださいよ。拙著に稀薄なのはお二人の元来の専門である進化学と生態学である、ということもありますし。  ここで、斎藤さんが提起した科学批判の問題を討議するためにも、現在の科学における生命観について語っておきましょう。現代の科学者の大半は、個別具体的な現象の解明に向かっており、大きな意味での〈生命〉をあまり意識していないだろうし、ラボの中では「生命観」と呼ばれるものも持っていないと、私は思います。科学はどこまでいっても、目に見える眼前の〈生きていること〉の背後に隠れている何かを探究しています。  廣野 私はかつて生物学の世界に身をおいていました。その肌感覚で言うと、現代の科学者が生命観を持たないのは、単なる欠如ではない。確かに多くの人は、生命観がなくてもやっていけるタイプですね。しかし少数派の中の多数派は、むしろ生命観のようなものを探究すること自体を、非科学的だとして忌避しているのではないか。残りは、生命は機械であると考えると研究の生産性が上がるから機械論を支持する。より正確に言えば、現代の生命観は、機械論に情報概念を継ぎ足したものが主流ではないでしょうか。この三類型と小松さんの整理との連関は、直ちにはよくわかりませんが……。  斎藤 科学者層に生命観がないとすると、小松さんがあげた20世紀の生命観は誰がもっているのでしょうか。これは生命論史と生理学史・生物学史の関係の問題ともかかわるかもしれませんね。  小松 マスコミや民間人の側にあるという意味で論じています。廣野さんは、「現代の生命観は、機械論に情報概念を継ぎ足したものが主流」だと述べました。その把握に関してまず疑問なのは、そこで言う「機械論」とは何かということです。生物を単に機械と見なすことであれば、いわゆる生気論もそれをやっている以上、生気論も機械論ということになってしまいます。  また、情報概念の話が出たので、大黒岳彦さんの議論を参照すると、サイバネティックス運動における〈物的世界像〉から〈情報的世界観〉への転換という把握には、主観/客観の問題を除けば、私の新図式が当てはまると思います。つまり大黒さんは、生命に秩序を与える原理を情報と捉えた上で、ウィーナーの場合それはエントロピー増大に抗する実体的なネゲントロピーであったのに対して、シャノン以降は様々がそこから生成する場へと転換した、と見るわけですが、私からすると、それはまさしく《隠れた能動的原理》から《隠れた過程》ないし《隠れた構造》への転換に他なりません。私はドリーシュのエンテレヒー概念を歴史上最後の《隠れた能動的原理》としましたが、古代ギリシア以来のこの実体は、少なくともウィーナーまで生き残っていたことになります。  斎藤 ネゲントロピーは確かに《隠れた能動的原理》の最終形かもしれません。それを負のエントロピーとして捉えていたシュレディンガーの本が『What is Life?』であることも興味深いですね。  廣野 ウィーナーのネゲントロピーとシュレディンガーのそれは、連続性のもとに了解されてきました。確かに連続性という点は否定できないと思いますが、小松史観では、生命論の次元では認識論的な断絶があることになりますね。シュレディンガーが『生命とは何か』を書いたのは、旧来の生命論のもとになされているウィーナー型の議論の刷新を図ったのかもしれない、と思いあたりました。  廣野 小松さんの本に戻ると、第一部の凄さを評価する坂野さんや林さんとは違って、大黒さんや愼蒼健さんは第三部のおもしろさを買っています。そして、お二人とも、小松さんの第一著作『死は共鳴する』(勁草書房)以来の小松さんご自身の生命論の〝集大成〟とみなしている。  斎藤 私もよく考えさせるものだったと感じます。ただ、第三部に行く前に、小松さんの主張を整理しておいた方がよいのではないでしょうか。  廣野 私なりの理解だとこうです。小松さんはアガンベンが流布させたゾーエーとビオスの二つの概念で整理します。ゾーエーは生死の対概念における生、ビオスは「生き方」を意味する生。小松図式によると、2600年、生命研究というトポスでゾーエーそれ自体としての生が究明されたことはなく、ゾーエーが生成される機構の探究のみがなされてきた。ハイデガーは、存在者ではなく、存在者を存在者たらしめる存在そのものを突き止めようとした。この方向性を生命研究というトポスにスライドさせれば、この世に存在する生物体におけるビオスではなく、生死のレイヤーに位置するゾーエーの次元を詳らかにする議論ができたはずだ。しかし、ハイデガーでは、議論の中にゾーエーの言葉があったとしても、ゾーエーの概念は存在せず、実質的にビオス(生き方)となっており、結果的にビオス一元論で終わってしまっている。ここまでが第二部ですよね。  斎藤 見事な纏めです。第三部で印象深かったのは、長期脳死者の子供、中村有里さんが病院で息を引き取った際、多くのスタッフが集まってきた場面です。小松さんは、その遺骸には存在そのものが立ち現れていると語るわけですが、その時そこに生命はないはず。それだけに、遺骸というのはどういった存在者なのだろうか、と興味を抱いています。  小松 その箇所では、イブン・アラビーの存在一性論の文脈で書かれているので、「「存在そのもの」が立ち現れた」と述べましたが、生命そのものが立ち現れたと言い換えてもよいと思います。  斎藤 それは遺骸があるから?  小松 はい。日本語に特殊な感覚でしょうが、「生命」という言葉には、科学的に対象化されたものという語感があるのに対し、ここで立ち現れているのはひらがなの〈いのち〉が最も近いと思います。しかも、いのちそのものが、ないという仕方で立ち現れているのではないか。  廣野 存在について、ある種の紋切り型の了解をすると、「真に存在するのは存在者だけである。存在者を通して、存在概念を私たちは抽象していく。存在そのものが定位するのは、頭の中だけだ」となる。対してイブン・アラビーだと、存在がまずあり、存在が形をとるようになったのが、個々の存在者だという了解になる。「存在が中村有里する」ですね。ラフに言えば、手塚治虫の『火の鳥』の世界です。原初的な生命エネルギーがあり、それがあるとき個々の生物体として具現化する。いのちそのものが、「眼前の生きもの」に具現化する。その「眼前の生きもの」は常にビオスとゾーエーという両契機を孕んでいる。惰性態で「非本来的」な状況において、私たちは把捉できるのはビオスという契機のみという仕組みになっているらしい。ゾーエーが立ち現れてくるのは、ある種の「本来的」な状況においてのみである。  小松さん渾身の著作『死は共鳴する』の議論に即すと、中村有里さんが長期脳死の人として生存しつづけたこと、そして、それまでの病院のスタッフとの「交流」、こうした状況がその状況を「本来的」なものとし、そこにゾーエーが、いのちが、ないものとして立ち現れる。真の意味でいのちを、生きているとはどういうことかを闡明するには、惰性態ではだめで、本来的状況においていのちが立ち現れているまさにそのときにそのトポスにおいて、生きていることとは何かに迫っていくしかない。  斎藤 生きていることを十全に捉えるためには、ゾーエーが立ち現れる状況にまず身をおくことだ。小松さんのメッセージはそうなるはずですよね。ならば、科学者や医師の共同体がそうなるように、科学者や医師の共同体に働きかけるべきだ、それこそが真の科学批判なのではないでしょうか。  また、「現代の科学は、眼前の悲しみや苦しみの「元」をひたすら語る営為にすぎない」と小松さんは捉えていますが、眼前の悲しみや苦しみを導く重要な因子として科学や生物学は、作用してはいないでしょうか。その作用が捉え返されていないと感じます。  ここで先ほどからの批判に立ち戻ると、柴谷篤弘さんが『反科学論』(みすず書房→筑摩書房)や『あなたにとって科学とは何か』(みすず書房)などを発表したとき、当時の研究者などに、強い反発も含め、波動をもたらしました。反対するにしろ理解しようとするにしろ、日常時も研究時もその波動は感覚されていた。小松さんの「呼びかけ」は、そのような形になっているのか。科学自体は勝手にやってください、しかし、本当のところは違いますよ、といった設えになっていませんか。  小松 私は、脳死・臓器移植や安楽死などに関して、斎藤さんや廣野さんにもご協力いただき、科学者や医師の共同体に働きかけてきました。それに対して今回の書籍は、科学そのものの根本を、つまり生命に関して科学が行ってきたことの本質を顧みているのです。  科学の特質として、客観性、法則性、再現性、反証可能性……様々なことが言われてきましたが、フーコーは一言ズバリ、「見えないものを見えるようにするのが科学の役割」だと、科学の存在性格を言い切りました。しかし、フーコーの慧眼も、私からすると、捉えきれていないものがあります。科学が見えるようにしたのは、もともと私たちが追い求めていたものではないということ。つまり、生命をめぐって科学が見えるようにしたのは、眼前の〈生きていることそれ自体〉ではなく、〈生きていることそれ自体〉がどのような仕組みで生成するかに他ならない、ということです。  斎藤さんの科学批判は、科学の社会的機能に対する批判です。科学の存在性格に対する私の批判のほうがラディカルではありませんか。ただし、私が剔抉した生命科学の存在性格が広く認知共有されれば、その意味での科学は重要なものですから、「勝手にやってください」とは全く思いません。  廣野 斎藤さんの言う「批判」は、1970年代以降に吹き荒れた科学批判における批判ですよね。柴谷先生の『反科学論』が1973年、高木仁三郎さんの『科学は変わる』(『高木仁三郎著作集 第7巻』所収)が1979年、吉岡斉さんの『科学者は変わるか』(社会思想社)が1984年。  小松さんの批判は、カントの『純粋理性批判』における批判の意味内容に近い。その場合の批判は理性がなしうること、なしえないことの見極めが目的の一つになっている。生命科学や医学の研究の現場は惰性態でしょうから、ゾーエーなど決して現れてこない。2600年のあいだ科学が接してきたのはビオスのみで、2400年にわたる「《隠れた能動的原理》+《隠れた根本物質》」派、そしてその後200年にわたる類似アプローチにおける生命観は、ビオスのみと接してきたという歴史状況拘束的である。  脳死・臓器移植や安楽死のシーンでは、医学者や生命科学者が専門家として審議会などで倫理コードを決めるに大きな役割を果たしている。しかし、医学者や生命科学者はビオスの専門家でしかない。脳死・臓器移植などのシーンは、ゾーエーをめぐる討議の場である。ビオスの専門家がゾーエーをめぐる討議において、フリードソンの言う専門家支配をとげている。場違いの場所で権力を揮うな。このように捉えれば、小松さんの言説は実践的な科学批判となっているのではないでしょうか。  斎藤 科学批判の次元の違いは、確かにそうですね。生命をめぐる小松さんの科学批判を『純粋理性批判』になぞらえたことも、言い得て妙だと思いました。やはり肝要なのは、小松さんが提起し展開したことを、ゾーエーとビオスを基軸に深化させることですね。  小松 私は、科学が接してきたのはビオスだとは見ていませんが、廣野さんの助太刀は重要な指摘だと思いました。拙著では、優生思想の本質は、元来は一つであるゾーエーとビオスを二分してビオスの優劣を比べること、さらに安楽死思想の本質は、同様の思考回路の上でビオスの〝劣性〟を根拠にゾーエーを断つこと、そう断じました。しかし廣野さんによると、もはや医学者はビオスの専門家になってしまっている。したがって、私たち患者や患者予備軍は、医学者・医療者にゾーエーまで預けているつもりでも、恐ろしいことに現実には決定的なズレが生じつつある。  斎藤 しかし、社会全体でゾーエーを討議できるわけがないでしょう。ルーマン流に言えば、ゾーエーを討議できるサブシステムによって、複雑さの縮減を図るしかない。では、そのサブシステムの場を、小松さんはどこに設えればいいとお考えなのか。医学集団でないとすると、どのトポスなのか。  ご本の第三部では、ゾーエーが「開示」されるトポスの指摘がなされていますが、そのトポスはある種の構造をもっているように思えます。中村有里さんのケースは、認識する側とされる側の両契機が整っている例、小林秀雄の事例は、巨樹という認識される側の契機が大きな割合を占める例、石牟礼の例では石牟礼特有の認識する側の契機が大きい、という直観をもちました。この方向性で話を発展させられるかもしれません。  廣野 この前、河本英夫さんが、「小松が小松の生命論を全うしたいのなら、詩という表現様式で成就させるしかない」と話していました。第三部は植物論ですが、植物論で全うしていない印象を私はもっています。そこに出てきて印象に残るアクターは、ハイデガー、小林秀雄、石牟礼道子、高橋正治、イブン・アラビー、そして藤原定家である。小松さんは「文芸作品を手がかりに」と述べていますが、植物自体は脇役で、文学が主役めいている。樅の木や花はどこか影が薄い。小松さんが個々の植物体と対峙して、いのちについて語っているわけではない。  斎藤さんの問いで私が思い当たったのは、ゾーエーを討議できるトポスは文学であると『〈生命〉とは何か』は指し示しているように思えた、ということです。金森さんにもそうした志向性を私は感じてきました。そして、人に感銘を与えるのが仕様となっている文学が主役めいている結構で最後をしめくくるからこそ、小松さんに感銘を受ける人が多く、ファンがいるのでしょう。  斎藤 文学に向かう場合に考えるべきは、主体が人間になりがちだということです。しかも、動物を主体と設定した場合も、『吾輩は猫である』のように、擬人化作品になりがちなことです。それでは、せっかくの文学も、人間のゾーエーとビオスだけにとどまってしまいます。  廣野 第一部から第三部の途中までは、生命論が意味する生命は、全生物を指し示していました。全生物を展望する形で、生死が問題となる可能性を秘めていた。しかし、第三部の途中から、文学的色彩が濃くなるあたりから、人間中心主義的になっていく。大黒さんや愼さんの言うように、本書が『死は共鳴する』を深化させた著作だと評価できるのでしたら、人間の死だけではなく、あらゆる生物個体の死は共鳴しているのだ、人が介在しなくとも、アゲハチョウの幼虫に蚕食され枯れてしまった柚子の木があったとき、他の柚子の木が、あるいは周囲の植物や生物個体たちもその死と共鳴しているのだという見方への理論化・一般化が伴っていてほしかった。私が大黒さんや愼さんの見解に部分的にしか賛同できないのは、こうした次第からになります。  小松 「第三部の途中から人間中心主義的になっていく」という指摘は、非常に鋭いものに思われます。しかし、即断は控えさせてください。一言だけ付言すると、奇しくも私は、蜜柑の種を鉢に植えて、苗木に産み落とされたアゲハチョウの卵が孵化し成長する姿を、日々見ています。しかし、幼虫はかなり大きくなると、鳥に食われるのか、蛹化のために移動するのか、決まっていなくなってしまう。そして、蚕食され茎だけとなった苗木が残ります。私はこの事態を繰り返し体験してきました。  斎藤 日本でも20世紀終盤に掲げられた「樹は法廷に立てるか」という自然保護運動の問いは、「樹も人間である」という、実は人間中心主義ではないでしょうか。「人間が樹なのである」とする認識の逆転が少なくとも必要です。しかし、当初の問いも、認識の逆転も、植物のビオスに根ざすものだと思います。そこで小松さん、動物文学ならぬ植物文学は、ヒトが一切登場せず植物だけが登場する植物文学の詩は、いかがですか。そこにこそ、ゾーエーのトポスが現れやすいかもしれませんよ。  小松 私には詩作の才覚はありませんが、私淑してきた寺山修司の一首が思い起こされました――「一本の樹にも 流れている血がある そこでは血は立ったまま眠っている」。この短歌をゾーエーとビオスの観点から考えたことはありませんでしたが、両者がみごとに一体化していると今気づかされました。さらには、一本の樹と、それを思い描かされる私たちとが、つまり客体と主体とが、しだいに融合し一体化してきませんか。しかし、「小松自身が個々の植物体と対峙して、いのちについて語っているわけではない」と、ここでもまた糺されそうなので、本日はこのあたりでご容赦ください。(おわり)  ★こまつ・よしひこ=東京大学元教授・科学史。『生権力の歴史』『増補決定版 「自己決定権」という罠』など。一九五五年生。  ★さいとう・ひかる=京都精華大学教授・科学史。『幻想の性 衰弱する身体』など。一九五六年生。  ★ひろの・よしゆき=東京大学名誉教授・科学史。『サイエンティフィック・リテラシー』など。一九六〇年生。

書籍

書籍名 〈生命〉とは何か
ISBN13 9784480018502
ISBN10 4480018506