2025/12/19号 5面

韓国文学

韓国文学 相川 拓也  今年も韓国・朝鮮文学関連の新刊書が多数刊行された。ここではそのなかでも、朝鮮半島と日本列島にまたがる人々の移動や越境と、それにともなって生じる交流や衝突に思いをめぐらせるきっかけとなる書籍に焦点を当ててみたい。  キム・スム『沖縄 スパイ』(孫知延訳、インパクト出版会)は、一九四五年の沖縄戦の際に久米島で発生し、八月二〇日に同島在住の朝鮮人一家七名が殺害されるまで続いた、日本軍による住民虐殺事件を題材とした長篇小説である。作中では、「スパイ」という言葉が呪文のように軍人たちや島民たちのあいだに広がり、凄惨な「人間狩り」へとつながっていくさまを通じて、その恐ろしさが描かれる。本作は、短い断片を積み重ねることで虐殺が続いた時間を丹念に描きながら、日本本土、沖縄、朝鮮を貫く植民地主義や、隣人同士である人々を分断する猜疑心のもと、戸惑い、悲嘆し、苦悩し、それでもなお互いを思いやろうとする人間の姿を浮かび上がらせる。沖縄を舞台とする本書の原語が韓国語であることは、日本語の読者にとって違和感の種となるかもしれない。だが、沖縄文学研究者である訳者の翻訳は、あえて言葉の異質さを残すことで、この物語を語ることの困難をかえって生々しく伝える。また、呉世宗・琉球大教授による優れた跋文は、沖縄での史実と文学的想像力との関係を鮮やかに示してくれる。  済州島出身の在日朝鮮人作家・金泰生の『私の日本地図』(鄭栄桓編集・解説、琥珀書房)と『旅人伝説』(宋恵媛編集・解説、琥珀書房)が、改訂新装版として復刊されたのも注目される。両作とも、一九三〇年に大阪へ渡り、そのまま日本の敗戦後も帰郷が叶わなかった作家による自伝的小説である。『私の日本地図』では大阪で暮らしはじめてから日本敗戦ごろまでの十数年間が、『旅人伝説』ではその後の結核療養や、晩年までを過ごした埼玉での生活のことなどが描かれる。その筆致は、自身を取り巻く場所、人、言葉、様々な出来事の発見と驚異とに突き動かされながら、緻密な生活誌を形作っていく。長年、在日朝鮮人史や在日朝鮮人文学の研究に尽力してきた二人の編者による周到な解説は、これまで顧みられることの少なかった作家と作品の理解を深める助けとなる。  イ・サン編『書かずにいられない味がある』(八田靖史訳、クオン)は、「一〇〇年前の韓食文学」という副題のとおり、おおむね植民地期に書かれた食に関する詩、小説、エッセイなどをまとめた一冊。近年韓国で流行している趣味的な人文書の翻訳である。当時の文学者が描き出す料理や食文化には、現代の読者には想像しにくくなった植民地期の日常生活のありようがにじむ。原文の味わいを生かした翻訳と、配慮の行き届いた訳註も優れている。関連して、やはり食を切り口に、朝鮮と日本の「はざま」に生きた半生を見つめた深沢潮『はざまのわたし』(集英社インターナショナル)も、ここでぜひ挙げておきたい。  このほか、孫澄鎬・李垙・卞鉉相・鄭熙暻『韓国現代時調四歌仙集』(安修賢編・訳・解説、水声社)は、近年類書がなかったという点で貴重な一冊である。時調とは、朝鮮王朝期に盛んになった短詩で、以来連綿と朝鮮半島の人々に親しまれてきた。本書に対訳で収められた現代時調と編者による解説は、この魅力的な短詩への格好のガイドとなるだろう。言語をこえた詩的交流の証として、二人の日本の俳人が本書に序文を寄せているのも喜ばしい。  人間の社会や文化がつねに境界横断的であり、他者との接触と混淆によって成り立ってきたことに、あらためて思いを馳せたい。(あいかわ・たくや=東京大学助教・朝鮮近代文学)