- ジャンル:民俗学・人類学・考古学
- 著者/編者: 大谷亨
- 評者: 廣田龍平
中国TⅰkTok民俗学
大谷 亨著
廣田 龍平
タイトルからまずイメージされるのは、中国版TikTok(以下「抖音」)アプリを分析した内容であろう。だが本書にはスクショもなければ動画へのリンクもない。アルゴリズム論はもちろん若者文化論も見当たらない。読み進めるとすぐに分かるのは、著者にとって抖音は民間信仰にたどりつくための重要な窓口であり、本題はむしろそこから先の現場にあるということである。興味深い対象を発見しては抖音動画を漁り、DMを送り、ほとんど即日で現着する。抖音を飛び出したそのフットワークの軽さこそが本書の醍醐味を形作っている。なるほどタイトルに「スマホからはじまる」とある通りだ。
本書で扱われる神格は、カバー表紙にも描かれている逆立ち「張五郎」、性的な魅力を放つ「九尾狐」、日本から逆輸入された「大黒天」、そして著者が長年追いかけている死神「無常」など。それに「お盆フェス」と名づけられた派手な祭礼の章が付け加わる。扱われる神格の種類はそれほど多くないが、それぞれの神格につき各地を飛び回るさまが軽妙な筆致で描かれるため、読んでいて飽きない。何よりもフルカラー写真がふんだんに掲載され、信仰の現場がとても想像しやすくなっている。民俗学の本でモノクロ写真を見るたびにため息をついてきた身としては、なんともありがたい作りだ。
こうした極彩色の民間信仰を通して著者が訴えるのは、たとえば共産主義思想や文化大革命によって民間信仰が弾圧され、もはや消滅してしまったという通俗的な先入観がまったくの見当外れだということである。現世利益第一でギラギラしていて、旧来の伝統などおかまいなしで、それでも確かに地元に人々のあいだに息づいている実態が、ページをめくるたびに目に飛び込んでくる。これは「珍神」探訪というより、著者が最後に書いているように、まさしく「フツーの中国」ルポなのである。
先ほど「軽妙な筆致」と表現したが、一般向けに書かれたものとして、著者の文章はとても読みやすい(なぜか著者より一回り上の世代の雰囲気があるが)。それに対して、研究者はこの手の文章が書けない。というか、書けなくなる。これは研究者となる訓練の過程で獲得された無能力である。本書の著者は例外だ。時にふざけながら、要所で学術的な記述が挟み込まれる。この切り替えがとても滑らかで、読んでいて違和感がない。しかも仮説や観測をもっともらしく書いて読者に納得させた直後にそれを自分でひっくり返す。この繰り返しが読者をつかんで離さない。
もっとも、文化人類学者・民俗学者である評者から見ると気になるところもいくつかある。著者は各種民間信仰について「珍神」や「淫祠邪教」などと呼ぶが、学術界隈では、こうした言い方は戦前には放棄されている。現在では相当の保留なしに研究者が使えるものではない。著者は中国人の東南アジアに対するオリエンタリズムを指摘しているが、その視線は著者においても反復されているのではないだろうか。また、お盆フェスの「聖と俗」に関して、著者は(自分と違って)真っ当な民俗学者は「俗」を記述しないというものの、いまどき世俗性や商業性を無視していると、むしろ指導教員や査読者に怒られてしまうだろう。
とはいえ、これらは問題点というよりも、本書のポジションを示すものであろう。言うまでもなく本書は専門家だけしか読まない理論書ではない。むしろ日本の一般人に向けて、いかにして現場にたどりつくのか、その現場はどのようなものなのか、そこからどのような問いが生まれるのかをリアルに見せつけるものである。また随所に、著者の今後の研究につながりそうな仮説も提示されている。その意味で本書は、議論をして答えを出すようなものではなく、むしろ次を期待させるものだろう。なるほどこんな世界がまだまだあるのか、それならば他のところはどうなのだろう――そう思うように読者にうながす、この点だけでも本書には民俗学に留まらない価値がある。(ひろた・りゅうへい=大東文化大学文学部助教・文化人類学・民俗学・妖怪研究)
★おおたに・とおる=厦門大学外文学院助理教授・中国民俗学・無常党副書記。著書に『中国の死神』など。一九八九年生。
書籍
| 書籍名 | 中国TⅰkTok民俗学 |
| ISBN13 | 9784140887547 |
| ISBN10 | 4140887540 |
