アメリカの本屋さんの歴史
エヴァン・フリス著
飯田 一史
旅先で入った本屋のことは、意外と覚えているものだ。海外であればなおのこと、日本の本屋との相違も含めて印象に残る。ただ大抵、その店のあゆみ、その国の本屋がたどった道程まではわからない。
エヴァン・フリス『アメリカの本屋さんの歴史』は、書店主の妻を持つ歴史学者が、アメリカ建国期の頃から現代のバーンズ・アンド・ノーブルやAmazonが運営した実店舗アマゾン・ブックスまで、各時代を彩った著名な、あるいは注目すべき書店ごとに歴史を叙述したものだ。米文学史・文化史に刻まれる古本屋からマイノリティのための書店、はたまたナチスの書店まで、各章につき1書店ずつ全13章、13書店が取り上げられる。閉店や移転した本屋もある。だが、本書に描写された姿からの変化を込みで、現存する書店には足を運んでみたいと思わせる魅力にあふれている。アメリカの書店に行く機会がある人、行ったことがある人には一読の価値がある。
私たちが異国へ赴くのは、ひとつには、見慣れた日常の景色にないものを求めるからだろう。しかしそこから日常に、自分の人生に何かを持ち帰る。異国の本屋についての本を読むのも、それに似た体験だ。ただし本は、行っただけではわからない歴史まで教えてくれる。さまざまな社会運動とも呼応してきたアメリカの書店は、米国固有の近現代史と不可分であることを、本書は強く感じさせる。
けれども、日本とアメリカで違う部分ばかりではない。儲けたくて本屋を始める人間はいないが、儲けがなければ続けられない。商売のむずかしさと、本を届けたい想いを抱える人間の「業」のせめぎあいが、いつの時代にもある。昔ながらの小書店が消えゆく一方で、独立系書店の開業はつづく。きびしい商売だと知りながら、参入する者はあとを絶たない。本書を読むと、これらが日米で変わらないことが印象づけられる。
この本は個別の店舗やチェーンにフォーカスして記述していくが、そこから垣間見えるアメリカ書店業界のうつりかわりも、日本と重なる。たとえば、かつて従来型の中小書店を駆逐する「敵」として見られていた大型書店バーンズ・アンド・ノーブルは、Amazonが台頭すると、独立系書店とともにリアル書店連合として対抗するようになった。日本でも、ナショナルチェーンの大型書店が地方都市に進出する際、長きにわたって地場の本屋と緊張関係に陥ってきた。とくに1990年代から2000年代にかけては、書店同士のパイの奪い合いの様相を呈した(くわしくは拙著『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』参照)。しかし小書店が次々つぶれ、Amazonの躍進とリアル書店の苦境が決定的になった今では、対政界へのアピールも含め、ナショナルチェーンは書店業の旗振り役として、中小書店が寄り集まる書店組合とも共同歩調を取ることが比較的多い。
本書では、小規模零細事業者は書店業界の巨人(一時期のバーンズ・アンド・ノーブル、現在のAmazon)との対比で自らを定義し、ウリとするサービスを設計すると指摘されている。たとえば現代の独立系書店は、Amazonが提供できないものとして、生の対話や実店舗でのイベントを重視し、顧客を惹きつける。そして、そうはいっても弱者は強者に対抗するため、強者は弱者を駆逐するために、互いの施策が似てきてしまうことも書いている。
と同時に、Amazonの実店舗は、「実験」と言えば聞こえはいいが、実際のところリアル書店業界からすればピントの外れた施策ばかりでうまくいかなかったことも記す。
結局のところ、マネや凌駕しようとしても、できることとできないことがある。大書店、独立系書店、ネット書店には各々得意・不得意、領分というものがある。したがって「Amazonがあればリアル書店はいらない」といった暴論は無意味である。アメリカ国内の本屋同士に限ってさえ、そうなのだ。「日本の出版業界の参考に」と思って本書を手にした読者は、それに気づかされるだろう。私たちは他者の存在に影響を受けながら自らを規定するが、他者にはなれない。旅に行っても現地の人間にはなれないように。
叙述のスタイルが編年体ではなく個別の本屋ごとなのも、時代とともにありながら、時代性や対競合という視点だけでは還元しきれないそれぞれの本屋の個性を描こうとしたからだろう。しかし逆説的に、本書に取り上げられず、史料を後世に遺すことなく時とともに消えていった無数の書店のことも、脳裏をよぎる。(稲垣みどり訳)(いいだ・いちし=出版ジャーナリスト・ライター)
★エヴァン・フリス=ジェームズ・マディソン大学の歴史学教授。現在、書店主である妻と二人の子どもたち(ときどき書店の仕事を手伝う)とともにヴァージニア州ハリソンバーグに住む。
書籍
| 書籍名 | アメリカの本屋さんの歴史 |
| ISBN13 | 9784490211252 |
| ISBN10 | 4490211252 |
