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【特別コラム】東電刑事裁判高裁判決は次の原発事故を準備する危険な判決だ<佐藤嘉幸氏が聞く脱原発シリーズ#9>

【特別コラム】東電刑事裁判高裁判決は次の原発事故を準備する危険な判決だ<佐藤嘉幸氏が聞く脱原発シリーズ#9>

海渡雄一・大河陽子編『東電刑事裁判——問われない責任と原発回帰』をめぐって

海渡雄一弁護士インタビュー

 二〇二三年一〇月、海渡雄一・大河陽子両弁護士が『東電刑事裁判——問われない責任と原発回帰』(彩流社)を上梓した。本書刊行を機に、二〇二三年一月一八日に出された、東電旧経営陣三人を無罪とした東電刑事裁判高裁判決の問題点について、また今後開かれる最高裁判所での審理について、海渡氏にお話を伺った。聞き手は筑波大学准教授の佐藤嘉幸氏にお願いした(編集部)

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「現実的な可能性」とは

 佐藤 『東電刑事裁判』、そして高裁判決(判決要旨、https://shien-dan.org/wp-content/uploads/20230118-Judgment-summary.pdf)を一読して大変不思議に思ったことがあります。判決は、地震調査推進本部(以下「推本」と略)が発表した長期評価や、東電がそれを元に試算した数値について、「発電所の一〇メートル盤を超える津波の襲来について現実的な可能性を認識させるような数値であったとは認められない」として、東電旧経営陣三人を無罪としています。この「現実的な可能性」という言葉についてどう考えればいいのか。長期評価にある「三〇年以内に二〇%」という津波地震襲来可能性は、十分に「現実的な可能性」を示すものではないか。なぜ判決がこのような言葉を使っているのか、理解に苦しみます。

 海渡 そこは一番難しいところなので、読者のために、前提となる話から申し上げます。今紹介してくださったように、判決は、長期評価や東電が試算した数値に関して、「一〇メートル盤を超える津波の襲来についての現実的な可能性を認識させるようなものではない」、だから、それに対する対策は「必要なかった」と言っています。明日にも津波が発生するという科学的な知見がなければ、対策をしなくてもいい、裁判所は、そういう考えに立っていると思われます。ならば、これからの原発事故は一切防げなくなります。今まで政府および電力会社は、一万年に一度起きるかもしれない災害にも備えておくことが求められると説明していました。それ故、万が一にも、原発には重大な事故は起きないと住民に説明してきたのです。その考え方が、判決ではまったく変わってしまっている。ここが大事な部分です。

 元々、原発がどういう科学的知見に対応しなければいけないか。これについては、ちゃんとした指針があります。二〇〇六年に作られた新しい「耐震設計審査指針」に、はっきり書かれている。「施設の供用期間中に極めて稀ではあるが発生する可能性があると想定することが可能な津波」にも備える必要がある、と。東北地震に伴う津波が、これに当たることは明らかです。推本の長期評価は、たとえ津波が起きたとしても、事故にならないよう対策をしなさいと言っている。そう政府が命じているんですね。にもかかわらず、判決はこれとは違う概念を立てている。津波が襲来する「現実的な可能性」が必要だと言っているわけです。

 自然現象、特に地震や津波は、いつどこで起きるかわかりません。たとえば東海地震にしても、「間もなく起きる」と言われてから五〇年ぐらい経ちますが、今のところ起きていない。だからと言って、その予測がはずれたとは言えない。可能性が高まっていると見るのが、科学的な知見だと思います。今回問題となっている福島沖の津波も、三〇年以内に二〇%の確率で襲来の可能性があると、はっきり言われていたわけです。それに対して「現実的な可能性」ではないと言っている。およそ考えがたい判決です。

 実を言うと、三陸沖北部から房総沖の日本海溝沿いで、マグニチュード八クラスの津波地震が起きるとの長期評価が、二〇〇二年七月に推本から出されていました。実際この地域には、大きな地震が四〇〇年の間に三回起きています。古い順に、慶長三陸地震(一六一一年)、延宝房総沖地震(一六七七年)、明治三陸地震(一八九六年)です。確かに福島県沖合の部分だけ、地震は起こっていないんですが、プレートは常に動いていますから、福島沖だけ起きないということは考えにくい。何よりも、この地域に、大きな地震が四〇〇年に三回起きていることが重要なんですね。



 アメリカの地震学会の会長を務められた、金森博雄カリフォルニア工科大学名誉教授が、二〇〇四年のスマトラ地震の後、二〇〇六年に、講演でこんな指摘をしています。「福島あたりはカップリングが固着している〔プレートとプレートが固着していること。これがずれることにより地震が生じる〕。にもかかわらず一四〇〇年間大きな地震がない。スマトラ地震に匹敵するような地震が起こる可能性はあるし、ゆっくりここで貯まっている歪みが解放される可能性もある。福島県沖の海溝寄りで津波地震が発生する可能性はある」。二〇〇六年の段階で、福島沖の津波地震は「現実的な可能性がある」と予測されていたと考えていいと思います。刑事裁判では、僕らはそこまで立証しています。だから、さらに「現実的な可能性」を今更要求すること自体がおかしいんですね。

隠蔽された“原案”

 海度 もう一つ重要なことがあります。推本で長期評価部会長を務めた島崎邦彦さんの『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』(青志社、二〇二三年)に、驚くべきことが書いてあるんです。三・一一の大津波のほぼ一ヵ月前に、長期評価の第二版を決めるための会議が行われています。そこに示された原案は、二〇一一年一月二六日に提出された「長期評価」第二版案で、次のように書かれている。「巨大津波による津波堆積物が約四五〇年~八〇〇年程度の間隔で堆積しており、そのうちの一つが八六九年の地震(貞観地震)によるものとして確認された。貞観地震以後の津波堆積物も発見されており、西暦一五〇〇年頃と推定される津波堆積物が貞観地震のものと同様に広い範囲で分布していることが確認された。したがって、貞観地震以外の震源域は不明であるものの、八六九年貞観地震から現在まで一〇〇〇年以上、西暦一五〇〇年頃から現在まで五〇〇年を経ており、巨大津波を伴う地震がいつ発生してもおかしくない」。長期評価とはレベルが違う、すさまじい危険性があることが指摘されている。これが二〇一一年三月九日に公表される予定だった。しかし電力会社と推本の事務局が、島崎さんに圧力をかけて発表させなかった。それだけではなく、このような長期評価原案そのものの存在まで隠蔽してしまった。

 そうした前提をまずは知っていただいた上で、佐藤さんの質問にお答えします。津波襲来の「現実的な可能性」があることは、少なくとも二〇一一年の段階では政府の見解になっていた。だから、繰り返しになりますが、「現実的な可能性」を求めること自身がナンセンスである。そして二〇〇二年の長期評価でも、津波への対策を取ることは当然必要とされていた。それ故、高裁の判決は、非常におかしいものになっている。つまり長期評価は「国として一線の専門家が議論して定めたものであり、見過ごすことのできない重みがある」と高裁判決にもしっかり書いてあるんです。ならば、それに基づく対策をするのは当然です。それなのに、長期評価には「現実的な可能性」がないと言っている。なおかつ二〇一一年三月九日には、巨大地震を伴う地震がいつ発生してもおかしくはないという意見が出されるはずだったのであり、危険度がグレードアップしている。高裁は、それに対する東電と国の責務を否定してしまった。いかに罪深いかがわかります。逆に言うと、こういう司法の判断を見過ごしてしまえば、今後いかなる地震・津波が起きたとしても、「予知できなかった」として、何もしなくてよいことになってしまう。必要な事故対策をしないことを免罪し、次の原発事故を準備する危険な論理になっているということです。

 佐藤 判決が、東電旧経営陣三人を最初から無罪とするために、こうした奇妙な論理を出しているとしか思えないですね。

 海渡 「現実的な可能性」という論理自体、法的にどこから出てきたものかがわかりません。原発が対策を取らなければならない災害・事故は極めて稀ではある。けれども、たとえば発生する可能性のある津波には対策をしなさいと、国が定めた指針にきちんと書いてある。それに従う義務が事業者にはあります。そのことを完全に忘れている。驚くべき判決としか言いようがないということです。
地震の予測については、地震学者の纐纈一起教授が、雑誌『科学』(二〇一二年六月号)で、非常に的確な言葉で語っています。「地震という自然現象は本質的に複雑系の問題で、理論的に完全な予測をすることは原理的に不可能なところがあります。また、実験ができないので、過去の事象に学ぶしかない。ところが地震は低頻度の現象で、学ぶべき過去のデータが少ない。私はこれらを三重苦と言っていますが、そのために地震の科学は十分な予測の力はなかったと思いますし、東北地方大地震ではまさにこの科学の限界が現れてしまった」。
彼は国の原子力規制の現場にいた人ですが、事故を防げなかったことを深く悔やんで、正直にいろんなことを語ってくれるようになりました。

 伊方原発訴訟(伊方発電所原子炉設置許可処分取消を求める訴訟)の最高裁判決は、深刻な災害が「万が一にも起こらないようにする」ことを求めました。原子力安全委員会も、一〇万年に一度の可能性があれば対策を講ずることを求めていた。二〇〇六年の耐震設計審査指針で、「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」への対応が求められていたわけです。東電刑事裁判の上告趣意書はこれらの点を重視しています。

 最高裁の第二小法廷には、四人の裁判官がいます。戸倉三郎最高裁長官を除いて、菅野博之、三浦守、草野耕一、岡村和美の四人の判事が、原発賠償事件四件を担当していて、二〇二二年六月一七日の国家賠償訴訟最高裁判決では菅野、草野、岡村の三人が国の責任を否定する多数意見を構成しました。他方、前大阪高検検事長の三浦守判事は「国に責任がある」と反対意見を述べた。この判決文は一読して非常に違和感があるんです。どういうことか。多数意見の方が極めて簡略で、論理的に粗雑なんです。まともな法律家が書いたとは思えない判決になっている。それに比較して三浦少数意見は、事実の認定も適用法令もきっちり整理した上で、判決の体裁として完璧なものなのです。裁判官個人が自分の意見を述べたという通常の少数意見の体裁にはなっていない。しかも、全体の大半のページが三浦意見で構成されている。この判決は、多数意見も少数意見も非常に異例なものだったといえます。

事実認定を曲げた最高裁

 海度 実はこの最高裁判決は、多数意見で、原判決が適法に確定していた事実認定から逸脱してしまっているという問題点もあります。これについては、民事訴訟法学者の長島浩一さんが、最高裁が事実認定を曲げてしまっていると強く批判した長い論文を書かれています。防潮堤等の設置を対策の基本として多重防護を否定した誤り、明治三陸計算結果についての認識の誤り、東側の防潮堤の要否を曖昧にした誤りがあるということです。重要なのは、この酷い多数意見ですら、長期評価の信頼性を前提にしているということです。東京電力が計算した一五・七メートルの津波計算は合理的なものであり、これに対して対策する必要があったと言っている。東京高裁の刑事判決も最高裁の多数意見も、一見してどちらも酷いと皆さん思われるでしょうけれど、中身が全然違うのです。最高裁の多数意見は、長期評価の信頼性を否定できなかった。そこがすごく大事な点です。だから、津波が大き過ぎて、どんな対策をしていたとしても無駄だと、そういう理屈になってしまっている。

 では、三浦さんが書いた意見はどんなものだったのか。長期評価の信頼性を非常に詳細に論じた上で正確に認めています。また国側は、南東側からの津波を想定していて、その計算に基づいて、そちらにだけ防潮堤を作る方向で考えていた。しかし、津波は東側からも遡上する可能性を想定することは当然であるとした。そして防潮堤以外にも水密化等の多重的防護が必要であって、それをやった例もあることを認定してくれています。そうやって三浦さんは、多数意見を痛烈に批判した。この判断は、実は二〇二二年七月一三日に出た株主代表訴訟の朝倉判決と全く同じなんです。三浦意見と朝倉判決は相似形と言ってもいい。そして、私は、それが正しい司法の判断であるべきだと思っています。

 佐藤 「現実的な可能性」という概念は非常に奇妙で、長期評価が「三〇年以内に二〇%」という津波地震襲来可能性を予測していたにもかかわらず、判決はそれを「現実的な可能性がない」としている。原発防護上は異様に高い数値であるのに、その事実自体を否認しています。「三〇年以内に二〇%」というのは、「一五〇年以内に一〇〇%」起こるという意味である、と島崎さんはおっしゃっていました。まさに現実的な可能性です。

 海渡 長期評価には非常に重みがあることを高裁判決は認めた。しかし、それが予測した事象に原発が対応しなくていいと、判決は述べている。大災害の確率が一〇万年に一度でも対応するというのが、IAEAでも定められている原子力の約束事です。

 佐藤 IAEAの指針に照らしても、推本の長期評価に照らしても、さらには二〇〇六年の耐震設計審査指針に照らしてもおかしい。あらゆる意味で、非常にねじ曲がった判決です。

 海渡 それに関わることですが、二〇〇八年六月一〇日に、東電の現場の土木調査グループのメンバーが資料を作って、武藤栄氏(当時:常務取締役原子力・立地本部副本部長)に見せた。そこに何が書かれていたのか。「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさについては、適正な手法を用いて考慮する」。そして「東通申請書では推本の知見(三陸沖北部から房総沖の領域内でどこでも発生)を参照し、三陸沖に地震を想定している」。地震の想定については、東京電力自身が、推本の長期評価を取り入れているということです。それなのに、津波については取り入れなくていいという理由はあり得ない。あるいは東北大の今村教授も、この時点では「福島沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できず、波源として考慮するべきである」との見解を出している。そういう意見もあって、他の会社はきちんと対応しようとしています。日本原電の東海では防潮壁の設置、建屋扉の水密性等の対策を検討中だった。再処理工場JAEA東海でも、重要施設への浸水防止対策を、同じく検討中だった。土木調査グループがそうした資料を見せながら、「うちも当然やらなければなりません」と進言する。それに対して武藤さんが、「金のことはなんとかするから、やってくれ」と言えばよかっただけの話なんです。けれども、東電上層部は土木学会にさらなる調査を依頼し、調査の間は何もしなくてよいとした。だから、この時点で何も対策しないことにしたのは正しかった。これが今回の東京高裁の判決ということになります。


先送りされた対策

 佐藤 この間の経緯をまとめると、東京電力の土木調査グループは、一五・七メートルの津波予測に基づいて対策しなければいけないと、既に経営陣に提案していたわけですね。しかし、それ以前には、七メートル強という津波予測もありました。

 海渡 そこも少し細かく説明します。東電内で二〇〇八年二月一六日、いわゆる「御前会議」が開かれました。この時点では、東電設計の概略計算だけが出ています。それによると、津波予測は「七・七メートル+α」だった。その数字は詳細に計算していけば当然上がって、一・五倍ぐらいの一〇メートルを超えることは、現場の人は分かっていました。しかし「+α」の部分がどれぐらいになるかまで深く説明をしなかった。ここでは「七・七メートル」の津波について対策を取ることだけが決められている。その後、詳細計算が上がってくると、「一五・七メートル」になっていた。それで東電の幹部連中はみんな仰天した。つまり七・七メートルの対策工事であれば数十億円で済む。ところが一五・七メートルに対応しようとすれば、二〇〇~三〇〇億円はかかります。言葉は悪いけれど、それを東電幹部はけちった。柏崎原発が止まっている中で、津波対策の工事を始めれば、しばらく原発を止めなければならないかもしれない。その間、電気を売ることもできない。そうしたことを考慮して、対策工事をやめてしまったんだと思います。

 佐藤 要するに、東電としては津波高も予測していたし、対策についても現場側が提示していたにもかかわらず、経営陣がコストを考えてそれを実現しなかった。

 海渡 先送りしたんですね。対策を講じなくて済むとは思っていなかったでしょうけれども、柏崎原発が止まっている状況で福島も止めるのは、どうしても避けたいと思ったのでしょう。

 佐藤 そうした構図が真実だったと思います。しかし判決はそのことにフォーカスせず、「現実的な可能性」という奇妙な概念を持ってきて、問題をすり替えてしまったということですね。

 海渡 そうです。ただ、重要なのは、刑事裁判の地裁と高裁判決が、推本の長期評価の信頼性そのものを否定してしまっているということです。民事で出ている高裁判決の四つのうち三つまでは、長期評価の信頼性を肯定している。最高裁の多数意見ですら、少なくとも長期評価の信頼性は否定できなかった。けれども、奇妙なことに、実際に起きた津波が大きすぎたので、どんな対策を取っていても成功せず、事故は回避できなかっただろうという論理になっている。実は、それも嘘なんですよ。対策をしていれば、原発事故は防げたと思います。それについては三浦少数意見と、株主代表訴訟の判決で詳細に論じられています。だから、去年の最高裁の判決における多数意見と少数意見の対立点と、刑事裁判の高裁判決とでは判断事項が違います。それよりもっと前の段階で、検察官役の指定弁護士の主張を切り捨ててしまったのが高裁判決です。そういう意味では、刑事と民事でも、判決の判示が食い違っていれば、判決違反として破棄理由になりますから、推本の長期評価の部分について、少なくとも相反する意見になっているので、見直すことは絶対に必要なんじゃないかと思います。

官僚化した地震調査委員会

 佐藤 先ほどの一五・七メートルの津波高の計算結果についてお伺いします。土木学会で検討することにして、対策を先送りしたわけですが、土木学会が計算しても、結果は一三・六メートルに下がっただけだった。これが二〇一〇年末のことです。

 海渡 非常に単純な話で、明治三陸沖地震の波源を福島沖に持ってきて計算すると一五・七メートルになるんですね。延宝房総沖地震の波源を移動させて計算すると、一三・六メートルです。土木学会内では、北と南で地震の大きさが少し異なる、宮城と福島の間に何かしらの境界線があるのではないかと言われていました。でも実際に起こった現象から見ると、的外れの意見だったと思います。いずれにせよ、地震が起きないことはあり得ない。マグニチュードが若干小さくなるかどうかの違いだけです。原発事故は避けられなかった。しかも、この数字は二〇〇八年八月に既に出されている。その数字の妥当性について、その後二年かけて土木学会で検討していただけです。ただの時間稼ぎであることははっきりしている。そして推本の長期評価そのものも見直されて、より大きな地震が起きるとの予測が出された。そうなると当然一三・六メートルの数字が吹き飛んで、一五・七メートル以上の津波高の計算に基づいた対策が不可避な状態になった。

 だから島崎さんは、二〇一一年三月九日に既に出来上がっていた書面を公表できなかったことを非常に悔やんでいる。それが公表できていれば、多くの人が、当日夜のニュースか翌一〇日朝の新聞で知ることとなった。結果として、三月一一日の地震後に福島や宮城の人も山側に逃げたはずです。今回の津波による死者は、岩手はわりに少ないんですね。岩手の人たちは津波が来るとよく知っていたからです。福島・宮城の人たちに対しては、大津波が来ることをずっと隠してきたから逃げなかった。そういう意味でも、推本の長期評価第二版が二〇一一年三月九日に発表できなかったことを、島崎さんはものすごく気に病んで、この本を書かれたんですね。

 佐藤 島崎さんの『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』を読んで驚いたのは、今言われたように、東電が三・一一直前に、長期評価第二版の発表を妨害していた、ということです。東電が自分たちとはまったく関係ない組織に介入し、長期評価改訂版の発表を遅らせていた。非常に悪質です。

 海渡 長期評価を最初に出した段階では、地震調査委員会はまともな組織だったと思います。しかし官僚化が進んでいって、二〇一一年頃になると、電力会社の意向を伺わなければ、何も身動きが取れない組織になってしまっていた。島崎さんが非常に驚いているのは、表の会議と別に、自分にも知らされていなかった裏の会議があったということです。そこで推本の事務局と電事連の人間が秘密会をやっている。島崎さんの絶望感は、そこから生じるものです。自分が普通に一緒に仕事をしていると思っていた人物が、裏で電力会社と秘密会を開いていたことを知って、本当に裏切られたと思って、この本を書かれた。島崎さんの本と我々の本を裁判資料として提出しましたから、最高裁の中でも現在議論されていると思います。

 佐藤 今言われたことも含めて、原発震災から一二年経ち、驚愕するような事実が次々に明らかになっています。たとえば原子力部門のナンバー二の山下和彦中越沖地震対策センター長の検察官調書(https://shien-dan.org/yamashita-201809/)は、対策先送りの決定的な証拠ではないかと思います。この調書には非常に生々しい証言が記されており、津波高予測が一五・七メートルに変わったとき「強い違和感があった」と繰り返し述べられている。しかし、違和感があったというのは、その数字を単に認めたくないということでもあります。対策コストや運転停止リスクへの顧慮から津波の可能性を否認したことがわかります。

 海渡 そこははっきり認めていますね。七・七メートルのままならば、きちんと対策が講じられていた。しかし一五・七メートルになって、結局は経営的な観点から、それをやめさせる側に回ってしまう。吉田さんもそうです。それに武藤さんも影響される形で、土木グループの提案は蹴られてしまう。その経過を、検察官の取り調べで、山下さんは正直に述べている。彼にとって不利になることも認めているわけです。なおかつ他の人が知り得ない事実を含んでいる。どう見ても真実のはずなんですが、刑事裁判では、一審判決・高裁判決を通して、山下調書は信用できないとされている。

 佐藤 なぜ信用できないと判断されたのですか。

 海渡 経過を追って、順に説明します。まずは二〇〇七年一一月頃から、津波対策に関する会議開催に向けての動きがはじまります。高尾課長が、それで酒井GM(副部長)に了解を取ります。ここで東電の原子力技術管理部として津波対策を取る方針が確定する。これを吉田さんも了承する。この段階で、耐震バックチェックのために五千万円で津波高さの計算を正式委託すると、承認書にはっきり書いてあります。酒井さん自身も「中間報告に含む含まないにかかわらず、津波対策は開始する必要がある」とメールで書いていて、津波対策を覚悟していたことがわかります。これが二〇〇八年一月頃のことです。二月四日には、やはり津波対策について、酒井さんがメールで書いて送っている。さらに翌五日に東京電力の長澤和幸氏から酒井さん宛に送ったメールには、次のようにあります。「武藤副本部長のお話として、山下所長経由でおうかがいした話ですと、海水ポンプを建屋で囲うなどの対策が良いのではないか」。四メートル盤の上で、そういう対策をとる方向で論議していたことがわかるわけです。そして二月一六日の中越沖地震対策センター会議(御前会議)で対策方針が決まる。こうした経緯があったことが、山下さんの説明からはわかります。それに対して、判決では、「山下供述に関しては、機器耐震技術グループの山崎英一が後日作成した電子メールやメモに津波対応を社長会議で説明済みとの記載があるなど、山下供述の裏付けとなり得る証拠も存在する」と認めながらも、最終的には、「参加者として山崎の氏名が記載されておらず、同人が実際に打ち合わせに参加していたのかも定かではない」としている。すごく変な判決になっているんですね。

 佐藤 検察官聴取書の内容についても、詳しくお話しいただけますか。

 海渡 まず二〇〇八年二月一六日の「御前会議」で、山下氏は、原子力整備管理部として、自ら勝俣社長らのいる場で推本の長期評価を福島原発のバックチェックに取り入れるという方針を説明し、この方針が異議なく了承された。しかし、被告武藤・被告武黒らは、この事実を否定している。しかし、当日配布された資料には津波対策の必要性と対策の概略が明記されており、他のメール等とも符合する山下さんの説明は合理的なものです。また、この当時は、津波の評価が高くなっても一〇メートル盤を超えることはなく、四メートル盤上の海水ポンプの機能を維持すれば良く、ポンプの水密化やポンプを建屋で囲う程度の改造ならば、二〇〇九年六月のバックチェック最終報告に間に合うと考えていた。しかし二〇〇八年五月下旬あるいは六月上旬に、山下さんが、酒井氏と高尾氏から、福島第一の津波評価が一五・七メートルとなっているとの説明を受けて、大変驚いた。こういう流れです。元々山下さんは二月一六日の会議で、津波高を「+七・七メートル以上(詳細評価によってさらに大きくなる可能性)」として報告をしています。それは、当日使用されたパワーポイントの資料にも書いてある。この津波に対しては「非常用海水ポンプの機能維持と建屋の防水性の向上」で対応する。その時に、数十億の費用でできるような説明をしてしまった。ここがまずかったと思います。

 佐藤 実際の対策には数百億かかることが、その後の調査でわかる。

 海渡 それが二〇〇八年三月半ば頃のことです。だけど、その情報を隠すんです。酒井さんたちは吉田さんには言いますが、吉田さんは全員に知らせるのはまずいと思って、情報を抑えてしまう。結果的に報告が遅れて、山下氏が知ったのは五月ころ、武藤さんが実際に知ったのは六月だったと思います。

 佐藤 最後に、最高裁における今後の裁判の見通しについてお伺いしていきます。

 海渡 ここも詳しく説明します。最高裁の四人の裁判官の陣容が変わりました。最高裁第二小法廷は、戸倉さんが長官です。三浦守さんと草野耕一さん、岡村和美さんが残っています。裁判長だった菅野博之氏は辞めて、尾島明裁判官が新しく加わりました。我々の事件では長官は審議に参加しないので、三浦、草野、岡村、尾島の四人で審議をします。元裁判長だった菅野という人物も大変問題があった。最高裁を辞めて、その後、長島・大野・常松法律事務所に入ります。この事務所は、東電の株主代表訴訟の事件に補助参加している東電の代理人をやっている事務所です。日本を代表するローファームで、東電とはすごく関係が深い。草野さんも、西村あさひ法律事務所という巨大ローファームにいた人です。我々の裁判の戦略目標の一つとして、この草野裁判官を裁判担当から辞めさせたい。理由は今申しあげた通り、彼は最高裁判事となるまで、西村あさひ法律事務所の代表だった。そこに所属する複数の弁護士が、東京電力やその関連会社の出資や株式取得に関して、リーガルアドバイスを行っている。東京電力と密接に利害が絡んでいる事務所です。

 それだけではなく、西村あさひの顧問として、元最高裁判事の千葉克美さんという人がいます。この千葉さんが、元最高裁判事という肩書き付きで、最高裁で継続していた四つの事件のうちの一つ、生業訴訟に意見書を提出している。非常に問題が多い意見書です。「中間指針に基づいて東電が払った賠償金は払い過ぎなので、これまで払ってきた以上の賠償を払う必要はない」という主張にも呆れますが、長期評価については「地震による大津波襲来の確率は、多面性、多様性、不確実性、科学的専門性を有するものであるのだから、長期評価には多面的な評価が成り立ち得る。よって、これを信用せず、津波に対する対策を打たなかったから事故を防げなかったという見方には疑問がある」と言っている。恐ろしいことに、千葉氏と菅野氏は、最高裁の行政局における先輩と後輩なんです。裁判長の元上司に意見書を書かせて、それを最高裁に出させている。このことを一生懸命調べて書いてくださったのが後藤秀典さんの『東京電力の変節』(旬報社、二〇二三年)という本です。驚くべき証言が書かれています。元東京高裁判事の大塚正之弁護士の言葉を引用しましょう。「千葉克美が意見書を出してきた時に、私の頭にパッと浮かんだのが菅野博之なんです。要するに、菅野は千葉克美の指導を受けて行政局で育っていった人間ということです。その千葉克美が第二小法廷に意見書を出してきたんで、これはもう結びついているなというふうに感じたんです。だから、最高裁で国を勝たせる判決が出るかもしれないというのが私の頭にずっとあって、予想通りそうなったんですよね」。

形勢逆転するために

 佐藤 それは、二〇二二年六月の国家賠償訴訟の最高裁判決についてですね。
 海渡 そうです。このことだけでも、草野さんはアウトだと思います。それに加えてもう一点あります。草野氏のパートナー(共同経営者)であった新川麻弁護士は、経済産業省の「総合資源エネルギー調査会再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」ほか、エネルギーに関わる政府の審議員を複数務めている。また新川弁護士は、生業訴訟などが最高裁で審議中であった二〇二一年に、東京電力の社外取締役に就任している。東電の役員になった人間が、自分が所属する法律事務所の元共同経営者だった。そして東電のために、同じ法律事務所に所属していた元最高裁判事、また裁判長の上司でもあった人間に意見書を出させる。尋常ならざる所業です。こんな人間が東電と国の責任を問う事件の審理に参加していいかどうか、大いに問題があります。最高裁の判事は、外見上も中立公正を害さないように自立・自制すべきことを要請される。これが一九九八年一二月一日に出された寺西判事補事件に対する最高裁の判決です。我々は犯罪被害者の代理人として、先日一一月一三日、草野裁判官は自ら審理を回避すべきであるという意見書を出しました。

 佐藤 簡単に言うと、草野裁判長に「自分からやめてくれ」ということですね。

 海渡 我々は検察官ではないので、忌避申し立て権はないんですが、意見を述べる権利はあります。そして一一月二〇日には、最高裁の裁判官室の前で、大音量のスピーカーで街頭宣伝をやりましたから、全裁判官が聞いたはずです。最高裁の正門の前に車を乗りつけて、あそこから演説をぶったのは生まれて初めてです。法律家としての良心があるならば、身を引くことが正しい身の処方ではないかと申し上げました。草野裁判官が聞く耳を持ってくださればいいなと思います。ここまでの事実が明らかになっていながらも、次の判決にも関わるならば、司法の独立性の確保に相当の禍根を残すでしょう。

 佐藤 草野さんも、非常に恥ずかしい思いをしたでしょうね。草野裁判官は、国賠訴訟の最高裁判決で、SFのような奇妙な仮定を積み重ねた意見を付けていました。「東電が予測していた予測に基づいて防護壁を作っても結局現実の津波は防げなかっただろう」というのがその内容です。

 海渡 言っていることが正しいかどうか以前の問題だと思います。つまり、最高裁判所は原判決が認定した事実について、法的な論理の是非について論ずる場所なんです。しかし彼が書いている意見は、独自の資料に基づくものです。草野裁判官が認定している事実関係は、四つの原判決いずれにおいても全く認定されていない。とりわけ「一号機及び三号機のタービン建屋の開口部の前には深さ六mの逆洗弁ピットがあった」と草野さんは言っていますが、全く証拠もない。こんなこと、一体誰から聞いたのか。裁判外で得た情報に基づいて意見を書いたと推測される。ものすごく悪質です。最高裁判事としてありえないことをやってしまったと思います。付け加えると、私たちは草野さんを第二小法廷から回避することを求める署名も始めました(https://shien-dan.org/changeorg-202312-syomei/)。そこまでやってしかるべき事件だと思っています。

 佐藤 『東京電力の変節』をめぐって、もう一点お伺いします。読んで驚いたのは、最高裁にまで東電の利害関係が及んでいるということです。巨大ローファームを介した人脈に基づいて、最高裁の判決が歪められるようなことがあるとすれば、非常に問題です。

 海渡 東京電力は国の機関、最高裁の中にも手を伸ばしていくだけの財力と権力を持っているのだろうと思います。現実を見ても、去年の最高裁の判決では、原告側が三つの裁判で勝っている四件の事件を合同で進めているわけですから、どう考えても三つの事件の判決の判断を入れて国の責任を認めるだろうと、誰しもが思いました。しかし、それをひっくり返すために、用意周到に様々な策が弄されていた。残念ながら、判決前の我々には、その構造がわからなかった。大塚さんはその構造を見抜いていたようですが、少なくともこの四つの事件の弁護団は、そういう形で事態を明らかにして争うことができなかった。けれども、今は刑事裁判を担当している我々弁護団と、最高裁にかかっているいわき市民訴訟の弁護団が、一緒に東京電力と原子力に関する最高裁の間違った判断を正していこうと、連携を密にしています。最高裁の刑事事件といわき市民訴訟の上告審、これがどのような判決になるかによって、去年六月の判決が見直される可能性もあります。さらに株主代表訴訟の控訴審もあります。これらの裁判は、みんな運命共同体みたいなものだと思っています。いわき市民訴訟は第三小法廷で審議される。ここには、宇賀克也さんという行政法の素晴らしい専門家がいます。我々の第二小法廷には三浦裁判官がいる。どちらにも一人ずついい裁判官がいることが救いです。ここから第二小法廷の草野さんを無力化することができれば、形勢を逆転できると思っています。

 もう一つの戦略についても説明しておきます。この事件を大法廷に移したらどうかという主張をしているんです。大法廷に移すと、今言った宇賀さんも加わることになります。三浦さんと宇賀さんのふたりで全体を説得すれば、まとまる可能性が高いと思うんです。そうすれば、最高裁の元の判決も修正されて、刑事判決の方も見直すことに繋がるんじゃないか。そのことを伺わせるような事例が最近ありました。二〇二三年一〇月二五日、性同一性障害について、「手術要件を戸籍変更の要件にすることは違憲」という判断が出ました。この判決は裁判官一五人全員一致なんですが、少数意見がついていて、手術要件だけじゃなくて外観要件まで違憲だという判決を書いているのが、三浦さんと宇賀さんとなんと草野さんなんです。草野さんが三浦さんにちょっとすり寄っているようにもみえる。何が言いたいかというと、「同一法令の解釈適用に関するかぎり、民事事件についてした裁判は、刑事事件に対する関係でも前にした裁判になる」と、『裁判所法逐条解説』にあるんですね。法令の解釈適用について、前の裁判所に反する場合は、大法廷でやらなければいけない。また意見が二説にわかれて、各々同数の場合も同様です。もしかすると、三浦さんと新しくなった尾島さん、それに対して草野さんと岡村さんで二対二になる可能性もある。この事件では重大な法的問題の解釈が争われていますし、日本の歴史上類を見ない大事件でもある。被害者の遺族はもとより、多くの市民が納得していないことも鑑みれば、他の最高裁小法廷で意見を異にする人がたくさんいるかもしれない。そういうことまで考えると、大法廷に持っていければ逆転できる可能性が高いんじゃないかと考えているのです。

 佐藤 最高裁判決は、それに後続する様々な判決に影響を与えるという意味で、非常に影響力があります。実際、国賠訴訟の裁判で、国の賠償責任を認めないという最高裁判決が出された後、下級審では、次々と国の責任を認めない判断が出されることになりました。

 海渡 その点に関しては、二〇二三年三月二三日のいわき市民訴訟の仙台高裁判決が、確かに国家賠償責任は否定しています。しかし、判決では次のようにも言っているんです。「経済産業大臣が、長期評価により福島県沖に震源とする津波地震が想定され、津波による浸水対策が全く講じていなかった福島第一原発において、重大な事故が発生する危険性を具体的に予見することができたにもかかわらず、長期評価によって想定される津波による浸水に対する防護措置を講ずることを命ずる技術基準適合命令を発しなかったことは、電気事業法に基づき規制権限を行使すべき義務を違法に怠った重大な義務違反があり、その不作為の責任は重大である」。こう書いてあるならば、本来国の責任を認める結論になるはずなんです。しかし、この後につづくわけのわからない理屈で、国賠責任だけは否定してしまった。この判決は最高裁に対する高裁の裁判官による最後の抵抗、面従腹背だったと思います。結論だけは従ったかのようにして、しかしどう見ても従っていない。この事件の上告審も最高裁に上がっています。この判決は、推本の長期評価の信頼性を認め、事故の回避可能性も全部認めている。東京電力には極めて重大な過失責任があるので賠償責任を加重すると、はっきり言ってくれている。この事件と東電刑事裁判の高裁判決を一緒に大法廷で論じたら、相当面白いことになると思います。そのことをどうにか実現させたい。損害賠償をやっている弁護士のグループとも共闘して、そういう声を広げていきたいと思っています。

(二〇二三年一二月三日、東京共同法律事務所にて)

★かいど・ゆういち=弁護士、東電刑事裁判被害者代理人。著書に『原発訴訟』など。一九五五年生。
★さとう・よしゆき=筑波大学人文社会系准教授。著書に『脱原発の哲学』(田口卓臣との共著)など。一九七一年生。

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