ゲーム作家 小島秀夫論
藤田 直哉著
デジタルゲームがポピュラー文化に加わってからすでに半世紀が経つが、未だ芸術メディアとして認められていない場面が多くある。世界中のプレイヤーから高く評価される小島秀夫のゲーム作品の解釈を小島秀夫の人生や思いと照らし合わせる本書は、そうした軽視に対して真正面から対抗する。初期の『メタルギア』から近年の『Death Stranding』までの数々の作品に対して独創的な解釈を展開する藤田は、ゲームの表現力の可能性を示すと同時に、小島が如何に現代社会の動向に対する自身の思いや問題意識を、プレイヤーに投げ続けてきたかを浮き彫りにする。
五章に渡る藤田の丁寧な分析は、小島が監督として手掛けた作品に対して、医学・社会学・哲学の概念を導入しながら独自の解釈を加えることで、小島作品の奥深さを見事に示している。
藤田によれば、愛、戦争、諜報を基本要素としてきた小島の「エスピオナージ・オペラ」は、繰り返し「不安型愛着スタイル」の構造を用い、プレイヤーに存在論的懐疑を経験させることで、多くの人間の存在が脅かされている現代への抵抗を呼びかける。そうした不安や懐疑が展開されるのは、物語世界だけではない。小島は、プレイヤーの行為に直接的に言及するゲームならではの方法を用いながら、破壊的な側面を持つ科学的進歩を土台とするゲームというメディアと、それをエンターテイメントとして欲し消費するプレイヤーに対して批判を展開する。しかし、物語の危うさと同様に、そうした批判は啓蒙としてではなく、両義性を残した形でプレイヤーに判断を委ねる形で問いかけられることが重要である。藤田は、これらの要素に小島作品の基調を求めながら、作品ごとに込められた思いや想像を丁寧に追い、小島の作家活動を戦後日本のサブカルチャーの系譜に位置づける。また、彼の戦後日本、ないし戦後世界に対する思いが各々の作品において如何に、プレイヤーのインプットを必要とするゲームというメディアを通じて、プレイヤーを巻き込む形で展開されるかを見事に浮かび上がらせる。
作品横断的な関連性や展開を詳細に描き出されている点もまた、本書の読み応えの一つである。
藤田は『メタルギアソリッド3』を転換点に、小島作品における変化を見出す。前期とも言えよう作品群において、小島はプレイヤーから安心できる要素を奪う傾向があるのに対し、後期作品ではむしろ不安な状況からプレイヤーを徐々に安心させる方向に向かっていると藤田は言う。こうした構造的逆転は同時に、世界の改革や革命を呼びかける初期作品と相反して、人間の行動の背景となる悲劇を受け入れ、報復の連鎖を断ち切る必要性を訴える後期作品において、世界をありのままに保つという保守的思考が現れるという。しかし同時に、小島はプレイヤーをポストトゥルース的世界の共犯者にし、憎しみや報復の対象とする野心的試みを展開し続ける。
また、初期作品が歴史をフィクションの題材にしていたのに対し、後期作品においては、直接的に、冷戦、9・11、3・11、日米安保を始めとする戦後世界の地政学的状況が生み出した各矛盾に対して鋭いコメントを行うことが特徴的である。トラウマ・傷つきやすさ、脆さをモチーフとする『Death Stranding』も、分断された世界を繫ぎ直すことで、現代的分断への対抗を模索する試みとして解釈できる。藤田はそうした上で、『Death Stranding』をゲーム性を失わずしてゲームというエンターテイメントメディアのあり方を根本的に変えようとし、商業ゲームの幅を広げたラディカルな試みとして高く評価する。
通して、藤田は、作品の詳細な分析と多彩な資料を参照しながら、小島がゲームに込めた思想や想像力の広大な範囲を明らかにする。親子関係、世代、ジェンダー、障害、DVなどに作品内で言及する小島が、芸術家、思想家、経営者、そして自分の脆さを隠さない人間としてどのような思いでゲームを作っているかが徐々に浮かび上がることもまた、本書の魅力である。
小島ゲームの制作に関わる人の人数を考えると、小島だけにすべての作家性を求めるスタンスに対しては、少々疑問が残る。本書の出版とほぼ同時期に日本語に訳されたハーツハイム『ゲームデザイナー 小島秀夫論』(DU BOOKS)は同じ小島に注目しながら、共同制作としてのゲームデザインの側面を強調する。同書の英語版を参照しながらも、小島自身の発言などを根拠に小島の作家性にこだわる本書のスタンスは、今後ゲームという総合芸術のあり方の議論を深め、加速させるだろう。(マーティン・ロート=立命館大学大学院先端総合学術研究科教授・ゲームスタディーズ・日本文化研究)
★ふじた・なおや=批評家・日本映画大学准教授。著書に『虚構内存在』『シン・ゴジラ論』『新海誠論』『現代ネット政治=文化論』『攻殻機動隊論 新版 2025』『新世紀ゾンビ論』『娯楽としての炎上』『シン・エヴァンゲリオン論』『ゲームが教える世界の論点』など。一九八三年生。
書籍
| 書籍名 | ゲーム作家 小島秀夫論 |
| ISBN13 | 9784867930991 |
| ISBN10 | 4867930997 |
