2026/01/23号 6面

「殺された側」から「殺した側」へ、こころを伝えるということ

「殺された側」から「殺した側」へ、こころを伝えるということ 藤井 誠二著 大江 由香 本書には、数々の感情を揺さぶる言葉と残酷な現実が並んでおり、正直、読み進めながら何度も言葉を失う。「殺された側」から「殺した側」にこころを伝えることの難しさに、やりきれなさを感じる。それでも読後には、その行為に意味を見出そうとする「殺された側」の姿に、こころを動かされている自分に気づく。  被害者等心情伝達制度(刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度)は、受刑中・在院中の加害者に対して、犯罪被害当事者やその家族等が犯罪被害に関する心情や加害者の受刑中・在院中の生活等に関する意見を伝えることができ、希望に応じて加害者から返答を受け取ることもできる制度である。本書は、ノンフィクション作家の藤井誠二氏が、被害者等心情伝達制度を利用した犯罪被害当事者や被害者遺族十数組に取材した結果をまとめたものであり、2023年12月に開始して間もない同制度の「緊急報告レポート的な性格を持つ」ものだと言う。  「傷ついても、伝える」という本書のあとがきの言葉に、被害者等心情伝達制度というものが凝縮されている。犯罪被害当事者やその家族等が同制度を利用する理由は、犯罪の事実を確認したい、加害者に怒りをぶつけたい、加害者の心境や賠償の意思を知りたいなど様々である。そして、犯罪被害当事者等は、加害者から反省の弁が返ってこないことや、残酷な言葉が返されるおそれがあることを分かった上で同制度を利用し、実際に加害者の返答に傷つけられている現状が本書には書かれている。ここが本書を読んでいて苦しく感じる部分なのだが、実は、犯罪被害当事者等のこころの回復には、犯罪にまつわる手続き等に参加する選択や意思決定が重要だと言われている。犯罪によって奪われたコントロール感を取り戻すことにつながるからである。犯罪被害当事者等には加害者にこころを伝える選択肢があり、それを自分の裁量で選ぶことができる同制度には、犯罪被害者支援の有用な資源になり得るポテンシャルがある。  しかし問題は、加害者の返答によって犯罪被害当事者等が必要以上に傷ついていることである。本書では触れられていないが、加害者は一般的に言葉足らずで、誤解を招きやすい。こころを語るための語彙や適切に伝えるための常識を身に付けていない加害者、自他のこころを捉える目や受け止める器が育っていない加害者も少なくない。加害者なりに真剣に考えた言葉や行動であっても、その多くは犯罪に及んだことがない人が求める「当たり前」の水準には到底及ばない。本書の中でも、加害者のあらゆる足りなさが、結果的に犯罪被害当事者等を傷つけている場面が散見される。犯罪被害当事者等の傷つきを予防・ケアする仕組みや、加害者の返答の解釈を助ける支援があれば……ともどかしさを感じる。  さらに、被害者等心情伝達制度は加害者の矯正にも役立てられることになっているが、本書の加害者の返答の中に、犯罪被害当事者等に怒りが向けられているものや更生しないと開き直っているものが見られることは軽視できない。犯罪者処遇に関する学術領域では、加害者にとって被害者の心情に共感させる介入は自分の人格を否定される脅威として受け止められやすく、加害者の再犯を促進するおそれが否定できないため慎重に扱う必要があることが広く知られている。前述した本書の加害者の返答は、まさに人格を否定されたと感じて傷ついた加害者が示すとされる言動である。それによって犯罪被害当事者等が傷つけられているという現実を本書で目の当たりにすると、このままで良いとは到底思えない。  とにかく、被害者等心情伝達制度は始まったばかりの段階にあり、早期に犯罪被害当事者等の体験とこころを可視化し、同制度の改善の必要性を浮き彫りにしたという点で、本書の社会的意義は非常に大きい。思い出すだけでも苦しい内容を本として世に出すという決断は決して容易でなかっただろうと思うからこそ、私は本書に登場する犯罪被害当事者と被害者遺族、本書を執筆した藤井氏に最大限の敬意を示したい。そして、犯罪被害当事者等のこころが込められた本書が多くの人に届き、できるだけ早く被害者等心情伝達制度をより良い制度に改訂する機運が高まることを願ってやまない。(おおえ・ゆか=立教大学現代心理学部准教授・犯罪心理学)  ★ふじい・せいじ=ノンフィクションライター。取材テーマの主軸の一つに「少年犯罪」を置いて長年、取材・執筆活動をしている。著書に『沖縄アンダーグラウンド』『人を殺してみたかった』『少年に奪われた人生』『殺された側の論理』『アフター・ザ・クライム』など。一九六五年生。

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