2026/10/23号 6面

世界難民危機

世界難民危機 小俣 直彦著 山本 哲史  世界難民危機という標題は、語る対象があまりに大きい。まずこの印象は、その先に二つの分岐を評者に突きつける。著者はこの大きなテーマを真面目に語り尽くそうとしているのか、それとも刺激的な標題で読者の目を惹こうとしているのか。読み進めるにつれ、前者であることがわかり、そのような分岐を構えてしまった自分自身に嫌気が差す。これが評者の本書に対する偽らざる初読の印象だ。  実際、後者を狙ったような書籍は過去に少なくない。著者は徹底した現場主義という独自の世界観から、日本の研究や世論、あるいは難民と向き合う雰囲気というものを問題視していることが本書の随所に披露される。世界難民危機という括りは、世界各地における其々の状況に深刻さの強弱や多様性はあるとしても、共通項として、世界が難民に対する白けた目線を強めつつあることを厳しく指摘し批判する機能を果たす。研究者が扱う研究テーマとしての難民の偏りとその思惑についても厳しい目は向けられている。世界中で難民はこのように苦境にあり、状況はさらに悪化し、そこへの対応も益々他人事のような様相を強めている。こうした危機的状況を危機として認識できていないのであれば、本書において著者がその役を買って出ようという気概が感じ取れる。  もっとも、これは著者においては特別意識された取り組みではなく、常にそのような意識が自然体で日々の研究生活を織りなしていることが本書から読み取れる。学術分野で言えば文化人類学的手法の開発学の立場から、難民を見るという研究スタイル故の方向性ということも言えるのかもしれない。二〇年ほど前、評者ら東京大学の「人間の安全保障」プログラムの教員(当時)たちは、日本に難民研究の拠点を設ける上での参考にすべく、著者が現在所属するオックスフォード大学の難民研究センター(RSC)ほかを訪問し、研究者らと対談し、後に関係者を日本に招いてシンポジウムを催したりもした。そうした接触を通じ、彼らが大事にしているものは、揺るぎない現場主義とリベラルな姿勢にあるものと理解した。RSCの創設者であった故バーバラ・ハレルボンド博士はまさにそのような思想を体現した人であったし、RSCが世界初の難民研究拠点であることを打ち出した一九八二年、その学問的基盤を学際研究に置き、学問分野の枠付けに囚われない実証主義の追求に着手したことの息吹が、四〇年以上を経ても尽きるどころか力強く継続と進化を遂げていることを、本書を通じて評者には感じ取れる。著者は世界難民危機を真面目に語り尽くそうとしている。  あまり褒めすぎてはいけないが、本書の大きな価値は読めばわかるというのが端的な書評になる。とはいえ、内容の簡単な紹介もしておこう。良書はおよそ論争的なものだ。著者の議論は特に第四章に色濃く表れる。人道主義というものは、経済合理性と必ずしも対立しない。しかし前者を後者が曲げるところまで行くようなことになるなら話は別だ。この辺りが著者による警告的主張だ。一貫した現場経験から獲得されたこうした主張は、力強い。経済合理性にも支持すべき理由があることは、著者も否定はしない。読者はどう考えるか。  他方、評者の目から見て、本書全体に関わる隠れた論点があることも一つ紹介しておきたい。世界難民危機を如何に捉え、それとどう向き合い、具体的行動として何をするのかということについては、人道主義をどのレベルで語るのかが極めて重要である。著者のように自らの意思で難民支援の現場に継続的に身を置き、常に難民と接しているような人が自然と持つ人道主義という考えは、とはいえ個人レベルのことである。それがちっぽけだとか無力だとか評者は言いたい訳ではない。その、力強く現実を見ている人道主義を、さまざまな人々がさまざまな立場からの意見を集約させる政治の場へとどう持ち込めるのか。個人レベルの人道主義を最終的に政策や立法に反映させるには、政治レベルでの人道主義の仕組みを考えねばならない。それはひとり開発学の仕事ではない。学問分野で言うなら、政治学の政策過程論の仕事なのかもしれない。ならばRSCが掲げる学際研究としての難民研究は、縦割りではなくその架橋と克服、さらに言えば連帯をどのように構想し実現できるのか。研究アプローチを超えて、本書はそのことを読者の全てに問いかける良書である。(やまもと・さとし=広島大学准教授・国際法学・安全保障・難民研究)  ★おまた・なおひこ=オックスフォード大学国際開発学部准教授・難民経済。国連機関やNGOで実務家としてアフリカの開発・難民支援の現場に携わった後、二〇一二年ロンドン大学博士課程修了。著書に『アフリカの難民キャンプで暮らす』など。一九七〇年生。

書籍

書籍名 世界難民危機
ISBN13 9784000617673
ISBN10 4000617672