- ジャンル:歴史
- 著者/編者: フィリップス・ぺイソン・オブライエン
- 評者: 中村優介
歴史を変えた戦略家たち 上・下
フィリップス・ぺイソン・オブライエン著
中村 優介
近代国家による戦争は官僚制に基づいてシステマティックに行われるものであり、戦略は目的・方法・手段という三つの要素から成り立つとみなすのが一般的であるが、第二次世界大戦においてチャーチル、スターリン、ローズヴェルト、ムッソリーニ、ヒトラーという五人の指導者は自己中心的で時には非合理的な決断を行ったと著者は主張している。「明確で論理的な国家戦略がそこにあったと思うのは、実証主義者の夢、というより現代の神話である」と記しているように、国家戦略は指導者の個人的な産物であるというのが著者の考えである。
著者の主張は現代の戦争や国際関係を分析するうえで非常に示唆に富んでいる。権威主義的な国々が台頭しているなかで、指導者の生育環境や青年期の経験、個人的な思想が彼らの行動に大きく影響を及ぼしていることを明らかにしたからである。また、政治指導者に焦点を当てる研究方法はともすれば旧世代のアプローチであるとみなされることもあるが、伝統的なアプローチが有用であることを本書は改めて証明した。
著者は国家戦略という概念を、ふたつの基準を満たすものとして定義している。まずは、誰もが従うべき最高司令官や独裁者のような最高位の権威者によって決断が下され、実行に移されることである。著者は、第二次世界大戦において国家戦略を決定できたのはヒトラー、スターリン、ムッソリーニ、チャーチル、ローズヴェルトの五人であるとしている。主要な交戦国でありながら日本の指導者の名前がここにあがらなかったことから、政治学者の丸山眞男が提唱する「無責任の体系」に象徴される当時の日本の政治システムの異質性が際立つ。
第二の基準は、戦場における作戦行動の遂行以前に実行に移されるべきものであることであり、すなわち国家戦略とは軍隊の創設と配備をどうするか決めることである。著者の論では、「大国の軍隊とは、国家の産業および技術のキャパシティと、指導者個人の優先順位を天秤にかけ、長年にわたって取捨選択した結果」である。つまり、軍隊の構成には指導者独自の感覚が大いに反映されているということだ。
最もわかりやすい例が、チャーチル・ローズヴェルトとヒトラーの違いである。チャーチルは第一次世界大戦の惨劇を目の当たりにして、大規模な地上戦は避けるべきであるという考えを持つようになった。そのためチャーチルは海軍・空軍の増強と輸送路の防衛に注力し、これは人口が他の大国と比較して少なく、かつ島国であるイギリスにとっては合理的な選択だった。同様にローズヴェルトも第一次世界大戦の経験を踏まえ有権者の厭戦感情を回避するため、機械に大きく依存した、すなわち人的資源の損耗が少ない戦闘力を作り出した。彼のことを「近代戦の目的と手段において、最も成功した国家戦略家」と著者は評している。
対照的にヒトラーは、皮肉にも最前線で第一次世界大戦を経験した結果、火力と装甲を何よりも重視し、近代戦にとって不可欠な機動力を軽視するという考えに至った。ドイツは莫大な工業力を持ちながらも前線には十分なトラックがなく、輸送手段としてしばしば馬車を利用していたという歪さにヒトラーの戦略的思考の限界が表れている。
また、チャーチル・ローズヴェルトとヒトラーの決定的な違いは、前者は総合的な判断を下しはするものの細部については専門家である部下に一任したのに対し、ヒトラーは部下を信用せず、何から何まで自分で決めようとしたことである。例えば、ヒトラーは部下の進言があったにもかかわらず海軍の重要性を軽視しており、Uボート(潜水艦)による通商破壊の有効性に気づくのがあまりにも遅すぎた。それに気づいたころには英米の対策は十分すぎるほど行われており、イギリスの戦争遂行能力に決定的なダメージを与えることはできなかった。
ムッソリーニも同様にイエスマンで周囲を固め、エコーチェンバーの中で決断を下した。それどころか彼はドイツに対する劣等感からヒトラーに対してさえも自身の目的を告げず、「並行」戦争と彼が呼ぶ独自の戦略を追求することでドイツ軍の足を大きく引っ張った。著者はムッソリーニとヒトラーに関して、「どちらも実際の敵ではなく、自分が見たい姿の敵しか見ようとせず、自身の個人的介入と『意志』で勝利を摑めると信じていた」という辛辣な評価を下している。
最後に、スターリンは成功と失敗の振れ幅の大きさで際立ち、性格の二面性が戦略家としての行動にもよく表れていた。彼は独ソ不可侵条約によって資本主義者とファシストを対立させ漁夫の利を得ることを狙っていたが、一九四〇年六月にフランスが崩壊したことで彼の命運は絶たれたかのように思われた。ドイツ軍の戦争準備に関する報告を方々から受け取っていたにもかかわらず現実逃避したスターリンは、緒戦の大敗北を受け、かつて自分が他者をそうしたように自分も処刑されると思った。だが、部下はスターリンに指揮を執るよう求めた。「ソ連の支配体制は、彼の権力を剝奪するほど強い個人や集団を生み出しえなかったのである」。
緒戦のショックから立ち直ったスターリンはヒトラーとは異なり適応力を発揮した。自分の直観とは異なることを部下が提案したとき、それを受け入れる懐の深さを見せたのである。また、勝利にはアメリカの支援が不可欠であると考え、ローズヴェルトに対しては露骨にこびへつらった。こうしてソ連は戦争に勝利することができたが、ひとたび安全が確保されるとスターリンは極端に猜疑心の強い本性を現し、西側との対立路線へ向かっていった。
本書の惜しむべき点は、まずアジア太平洋戦線に関する言及が少なかったことである。対日戦争にどのようにして勝利すべきであるかという点について英米ではかなりの考えの違いが見られたため、この点について詳細な記述が欲しかった。また、本書は五人の指導者の生い立ちから記述しているが、第二次世界大戦の戦略論を期待して本書を手に取った読者は、上巻を少々冗長に感じるかもしれない。しかし、上巻を踏まえて下巻を読むことで、五人の指導者の人間性が生き生きと感じられるようになる。
以上のように、本書は五人の強力な指導者に焦点を当て国家戦略を分析した画期的な研究である。本書を読むことで、指導者の政治的リーダーシップが国家戦略に大きな影響を及ぼしていることが理解できる。現代の国際政治では強い個性の指導者を擁する国々が支配的な影響力を持っているが、本書は彼らの国家戦略を分析する一助になるだろう。(加藤洋子訳・石津朋之解説)(なかむら・ゆうすけ=防衛大学校講師・イギリス外交史・ヨーロッパ安全保障研究)
★フィリップス・ぺイソン・オブライエン=イギリスの軍事史家・戦略研究家。アメリカ生まれ。
書籍
| 書籍名 | 歴史を変えた戦略家たち 上・下 |
| ISBN13 | 9784490211214 |
| ISBN10 | 449021121X |
