猫はいつからかたわらに
太田 匡彦著
真辺 将之
太田匡彦氏は、犬猫の殺処分やペット流通、動物園、畜産の現場を長く取材し、人間が動物の命を商品化し、管理する仕組みにある問題点を厳しく問い続けてきたジャーナリストである。評者もかつて氏の取材を受けたことがある。その折に、私が日本近現代史の研究者であることから、氏もまた東京大学で歴史学を学び、日本近現代史の卒業論文を書かれたのだというお話をうかがった。そうした太田氏の歴史学の素養と、ジャーナリストとしての取材力、その二つが交わるところに、本書は成り立っている。
書名には猫を掲げるが、猫だけの本ではない。犬、鶏、鳩、馬、牛、豚など、いまでは身近にいて当然と思われる動物たちが、いつ、どこから日本列島へ渡来し、どのように人間の生活へ組み込まれたのかをたどる。イエネコの祖先であるリビアヤマネコの家畜化から約一万年、そこから約一万キロ離れた列島への到来を入口に、渡来・家畜化・利用・愛玩の長い歴史が描かれる。利用と愛情、支配と親密さが同居してきた関係史は、現代の動物福祉を考える時間軸を一気に一万年へと押し広げる。
歴史学的な眼差しは随所に生きている。たとえば、紀元前二世紀のイエネコの骨が発見されたと話題になった壱岐のカラカミ遺跡を扱う場面である。氏は猫の骨だけを切り離さず、朝鮮半島との交流や鉄器加工、外来系土器の広がりのなかに置き直して叙述する。長崎の「尾曲がり猫」についても、研究者の語りを手がかりに、その由来を港湾都市の交易史と結びつけて考える。動物と人との関係を、より大きな人間社会の歴史のなかで捉える姿勢が顕著なのである。
同時に、本書を支えるのはジャーナリストとしての取材力である。読者は太田氏の記述を通じて、各地の研究者や保存・展示に携わる人々が、その歴史をどう受け止め、現在にどう引き寄せて考えているのかを知ることができる。過ぎ去った動物の歴史ではなく、その歴史を探し、解釈し、伝えようとする人々の姿が描かれているのである。つまり本書は動物の歴史であるとともに、現代の人間が過去の動物に出会う物語でもある。
もっとも、「始まり」をめぐる理解は、今後の研究によって更新されることもありうるだろう。例えばカラカミ遺跡のネコ科動物骨の種の同定はDNAによるものではなく、骨の形態と出土状況にもとづく。イエネコとベンガルヤマネコ系統は骨だけでは判別しにくく、同じ壱岐の原の辻遺跡からはヤマネコとされた骨も出土している。さらに疑問を生じさせるのは、本書の元になった取材よりも後の、二〇二五年に公表された中国出土ネコ科動物骨の古代DNA研究である。その分析の結果、約五四〇〇年前から後漢期まで中国で人間の居住域にいたのは野生のベンガルヤマネコで、確実なイエネコの最古例は唐代の七三〇年頃とされている。カラカミ遺跡の骨が本当に紀元前二世紀のイエネコなら、中国の確実例より八百年以上早く壱岐へ到達していたことになってしまう。果たして中国を経由せずに日本にイエネコが来るルートがあるだろうかと考えると、あくまでこの中国の研究が正しければであるが、カラカミ遺跡の骨がイエネコのものか疑問は生じるであろう。
今後さらに研究が進むことでこの点はより明らかになっていくであろうが、とはいえ、仮に学説が更新されたとしても本書の価値は揺らがない。というのも、ある時代にどのような研究が語られ、人々がそれをどう受け止め、動いたのかという、氏が足で集めた記録は、今という時代の人間の営みを映すアーカイブとして残り続けるからである。変わりゆく知見を追う歴史学を、その時点の社会を刻むジャーナリズムとかけ合わせることによって、本書は歴史を現代へ訴えかける力に変えている。これこそが本書の魅力でもある。歴史をもとにこれからの人と動物のあり方を考えるうえで重要な一冊であり、評者もまた、その叙述から多くを学ばされた。(まなべ・まさゆき=早稲田大学文学学術院教授・日本近現代史)
★おおた・まさひこ=朝日新聞記者。著書に『犬を殺すのは誰か』『「奴隷」になった犬、そして猫』、共著に『岐路に立つ「動物園大国」』など。一九七六年生。
書籍
| 書籍名 | 猫はいつからかたわらに |
| ISBN13 | 9784768459935 |
| ISBN10 | 4768459935 |
