- ジャンル:政治・法律・社会
- 著者/編者: キアンガ=ヤマッタ・テイラー
- 評者: 坂下史子
コンバヒーリバー・コレクティヴ宣言
キアンガ=ヤマッタ・テイラー著
坂下 史子
2020年のブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の再燃以降、その思想的支柱となったブラック・フェミニズムが改めて注目され、数多くの関連書籍が刊行されてきた。特に1989年に登場した「インターセクショナリティ」という概念は、人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍、年齢など、多様な社会的カテゴリーの交差によって生じる複合的抑圧を捉えるための枠組みとして、広く知られつつある。本書は、この思想の先駆となったコンバヒーリバー・コレクティヴ(CRC)による「ブラック・フェミニストの声明」(1977年)の発表から40周年の年に刊行された書籍の邦訳であり、本書で「CRC宣言」と呼ばれる同声明の再録と、関係者へのインタビュー、論評で構成される。
共同創設者のバーバラ・スミス、ビヴァリー・スミス姉妹、デミータ・フレイジャーへのインタビューでは、レズビアンの黒人女性を中心とした革新的ブラック・フェミニスト集団CRCを立ち上げるまでの三者三様の来歴や、運動の思想と実践が具体的に語られる。黒人解放運動と女性解放運動の中で周縁化された米国黒人女性たちは、1973年に全米黒人フェミニスト組織を創設した。しかしスミスら社会主義に共鳴するボストン支部のメンバーは、異性愛で中産階級の黒人女性が主導する同団体のエリート主義に反発して離脱し、翌年CRCを結成した。コンバヒーリバーとはアメリカ南部サウスカロライナ州に位置するカンビー川のことで、南北戦争中に同流域で奴隷制廃止運動家ハリエット・タブマンが斥候として北軍を支援し、750人以上の黒人の逃亡を助けたことで知られる。その「解放のための政治的行動」に共感したスミスらは、タブマンの名前ではなく行動の地を組織名に選ぶことで、コレクティヴとして特定の指導者に代表されないフラットな組織を目指した。
CRCの思想と実践はレズビアンの黒人女性のみに限定されたものではない。インタビューでは、彼女たちが「第三世界の女性」と呼ぶ有色の女性たちとの連携や国際主義の立場を特徴とした、すべての虐げられた人びとのための運動であったことも繰り返される。CRC宣言は、公民権運動やベトナム反戦運動、生殖をめぐる権利運動など、スミスらが長年にわたり献身していた様々な運動の経験から編み出されたものであった。
CRC宣言は、黒人女性が経験する人種、性別、異性愛主義、階級による抑圧を、互いに連動(インターロッキング)しながら同時に重なり合う形で作用するものと捉えた。そうした抑圧により周縁化されてきた自分たちの居場所を持つ必要性から生まれたCRCは、種々の勉強会や、全米の活動家たちが寝食を共にしながら議論を重ねたリトリートを通じて連帯を強化し、ブラック・フェミニズムの理論化を進めた。CRC宣言をはじめとする出版物を通じて創出された新たな知は、やがてブラック・フェミニズムの学問化に至る。編著者のキアンガ=ヤマッタ・テイラーは、こうした制度化によりブラック・フェミニズムが政治運動の現場から引き離され、単なる言説に終始してしまうことへの危惧から、「ブラック・フェミニズムの分析と実践のラディカルな起源を、現代における組織化活動に再び結びつける」ために本書を編んだという。
歴史学者で活動家のバーバラ・ランズビーによる論評(CRC宣言40周年を回顧するパネル・ディスカッションでのコメントの再録)とBLM共同代表アリシア・ガーザへのインタビューからは、この宣言が後年のブラック・フェミニストの運動に与えた影響が分かる。CRCの思想と実践は、ランズビーが1990年代に関わった運動や、ガーザらの2000年代以降の運動の指針となったという。BLM運動は、女性や性的マイノリティの経験を中心に置き、その他の有色の人びとの運動と連帯するフラットな連合体であるが、ここにもCRC宣言に連なるブラック・フェミニズムの系譜が見て取れる。
本書はテイラーによる序文を除き、すべて会話の書き起こしである。通常のオーラルヒストリーとは異なり、聞き手のテイラーもブラック・フェミニズムの思想を実践する「CRCの娘たち」の一人であることから、読者はCRCのリトリートに紛れ込んだような感覚を味わうかもしれない。彼女たちの個人的な経験の数々に共感し、そこから新たな知見や組織化のノウハウを学べるだけでなく、世代を超えたシスターフッドにも勇気づけられることだろう。CRCと同じくコレクティヴの形態をとった訳者陣による詳細なあとがきも必読である。(Political Feelings Collective訳)(さかした・ふみこ=上智大学教授・アメリカ黒人史)
★キアンガ=ヤマッタ・テイラー=ノースウェスタン大学でアフリカ系アメリカ研究の博士号を取得し、同大学教授、プリンストン大学教授を歴任。著書に『#BlackLivesMatterから黒人解放へ』など。
書籍
| 書籍名 | コンバヒーリバー・コレクティヴ宣言 |
| ISBN13 | 9784763422194 |
| ISBN10 | 4763422197 |
