2026/05/29号 7面

タリバンの世界

タリバンの世界 川上 珠実著 古藪 真紀子  2021年8月、米軍撤退とともにカブールが陥落し、タリバンが再びアフガニスタンの実権を掌握した。この出来事は世界に大きな衝撃を与えたが、時間の経過とともに国際社会の関心は次第に薄れつつある。しかし現地では今なお、「教育」をめぐる静かな、しかし苛烈な闘いが続いている。本書は、その現実を現地取材に基づき具体的に描き出したルポルタージュであり、報道の断片からは見えにくい人びとの生活と選択を浮かび上がらせる。  本書の中心に据えられるのは、タリバンの監視を逃れて運営される「秘密学校」の存在である。中等教育以上の女子教育が禁じられた状況において、少女たちは声を潜めて教科書を開く。そこには、私たちが日常的に抱く「学校」への倦怠や義務感とは対極にある、切実で強い学びへの希求がある。著者はこうした現場に足を運び、少女たちや女性教師の語りを丁寧にすくい上げることで、教育という営みがいかに切実な意味を持つのかを具体的に示している。  印象的なのは、少女たちの姿が単なる被害者としてではなく、主体的な存在として描かれている点である。彼女たちは拘束や処罰の危険を理解しながらも、なお学び続ける選択をしている。家族との関係や将来への不安を抱えつつも、教育に価値を見出すその姿は、教育を受ける権利が単に制度によって保障されるものではなく、日々の実践の中で支えられていることを示している。この描写は、「保護されるべき存在」として女性を捉える見方に対し、重要な修正を迫るものである。  同時に本書は、女性の「教育を受ける権利」がいかに脆弱であるかを明らかにする。タリバンは女子教育の制限を宗教的・文化的文脈から正当化するが、その背景には伝統規範の維持や西洋的価値観への反発がある。著者はタリバンを単純に断罪するのではなく、その論理にも耳を傾けることで、価値観の断絶の深さを浮き彫りにしている。この姿勢は、普遍的人権をめぐる議論に対しても一定の内省を促すものであろう。  さらに重要なのは、女性教師たちの役割である。彼女たちは裁縫教室などを装いながら学びの場を維持し、知識を次世代へと伝えている。摘発の危険を引き受けつつも教育を継続するその姿は、教育が単なる知識伝達にとどまらず、人間の尊厳や将来の可能性と深く結びついていることを示している。秘密学校という場は、制度的には認められないにもかかわらず、教育の権利を実質的に支える拠点として機能しているのである。  本書を読んでいて強く感じるのは、「教育が当たり前ではない」という事実である。日本では学校に通うことは当然の前提とされるが、本書に登場する少女たちにとってそれは危険を伴う選択であり、決して自明ではない。この落差は大きく、読者に少なからぬ衝撃を与えると同時に、自らの教育観や権利意識を問い直す契機となる。また、教育とは単なる就業のための手段ではなく、自己を形成し、世界を理解するための基盤であることを改めて認識させられる。  一方で、学術的観点から見ると、本書は理論的整理にはあまり踏み込んでいない。ジェンダーや人権、教育に関する既存研究との接続が明示されていれば、より分析的な理解も可能であっただろう。しかしその分、専門的知識を前提とせずに読める構成となっており、現場の声が損なわれることなく伝えられている点は評価できる。  総じて本書は、アフガニスタンの女性たちが直面する教育の制約と、その中でなお学び続けようとする実践を通して、「教育を受ける権利」とは何かを鋭く問いかける一冊である。そこに描かれているのは、制度によって奪われた権利を、日々の選択と行動によって支え直そうとする女性たちの姿である。静かな筆致の中に浮かび上がるのは、抑圧の現実だけではなく、それに抗いながら尊厳を守ろうとする強さであり、本書はアフガニスタンの女性たちの声を通して、教育の意味を根底から問い直す重要な示唆を与えている。(こやぶ・まきこ=福井県立大学准教授・国際開発・平和構築)  ★かわかみ・たまみ=毎日新聞記者。共著に『特権を問う』など。一九八六年生。

書籍

書籍名 タリバンの世界
ISBN13 9784620328584
ISBN10 4620328588