2026/10/02号 5面

雪でできた人

雪でできた人 チェ・ウンミ著 岡野 幸江  韓国フェミニズムが盛上った背景に二〇一六年のソウルで女性が刺殺された江南駅通り魔事件があり、「社会生活で女性に無視された」という男性のこのヘイトクライムによって「女性嫌悪」という言葉が以後韓国で広く知られるようになったといわれる。その半年後、女性が日常生活で受ける差別や理不尽さを描いたチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』が刊行され百万部以上を突破して社会現象化し、翌年ハリウッドでの性暴力を告発し世界的に拡大した#MeToo運動は韓国社会を席巻、その勢いは日本にも紹介されて大きな反響をもたらしたことは記憶に新しい。本書に収録された九つの短編はまさにこうした時期、二〇一六年から二〇二〇年までの五年間に発表され、二〇二一年六月刊行されたチェ・ウンミ四冊目の著書にあたる。  表題作「雪でできた人」の主人公カン・ユニは、思春期早発症で治療を受けている八歳の娘のことで心を痛めているが、一六歳になる叔父の息子を預ることになりどこか居心地の悪さを感じる。それは彼女自身が幼い頃その叔父に性的虐待を受けたことがあるからだった。そのときどうして「一一歳の娘と二三歳の義理の弟を二人きりにして」旅行に出かけることができたのかと母を恨んでいた。検査で息子の癌の進行がわかった叔父は、「みんな俺のせいだ……」と言い過去に触れたときカン・ユニは驚く。あれは事実であり叔父がまだ覚えていたということに。体の症状は消えても消せない記憶、そのトラウマを抱えながら日常を生きることの不安と困難さがそこにある。 「わたしとクライエント」は、そのカン・ユニを思わせる三〇代後半のクライアントであるカン・スヨンの心理セラピストによる検査報告というスタイルになっている。カン・スヨンが描いた家族の絵には祖母、父母、子供たちがいるが、そこに加えられている「男1」とは何者か。彼女の経験は語られないまま一〇回の心理検査は終わる。  作者自身を投影した物書きユジョンの視点で語られ、その体験と向き合った作品が「私にとって私が私であるそのとき」である。叔父からの着信に震撼し電話に出ることができないユジョン。彼女は「親族の性暴力」という「屈折させられてきたもの」を書いた小説で文学賞を受け、受賞後も後悔や自責の念によってさらに苦しんできた。とりわけ父系血縁意識が強く親族共同体の強固な韓国社会ではその苦しみは計り知れないものがあるだろう。狂ってしまいそうな気持のなかでユジョンの望みはただ「理性を保ったまま家族と会うこと」だった。性暴力のほとんどが知人や家族、学校や職場など何らかの関係性の中で起きているといわれ、近年被害者の勇気ある訴えによってその実態が徐々に明らかになってきているのは確かだ。しかし、これら三部作といわれる小説は、性暴力が「魂の殺人」ともいわれるようにたとえ告発したとしても繰り返し心を侵襲し、どれほどそこからの自己回復が困難であるかを映し出している。  ほかに「美山」「ウンネ」には少女時代を過ごした自然豊かな土地とそこでの衝撃的な出来事や心に傷を抱える少女たちの交流などが美しい自然描写とともに描かれている。「点灯」「十一月旅行」では仏教(曹渓宗)に関わりの深い作者の体験から、前者が釈迦誕生日を祝う提灯祭りの夜警にあたる友人たちとの関係を、後者がテンプルステイに参加した二組の母子の話を描いている。また「送る人」「ここに私たち向かい合い」などは、団地に住む二組の母子を通し語られる家族内の葛藤や、コロナ禍で過剰に課された女性への負担とそこでの苦闘を取りあげている。  これらの登場人物にはどこか通底するものがあるが、それは女性同士が共感と親密さで支え合ういわばシスターフッドを求めつつも、突如としてその関係を喪失するミステリアスな要素を含んでいることだ。そして家父長制が未だ根強く残る韓国社会にあって日常の目に見えない様々な抑圧から自由になろうと抗うこれら女性たちの物語は、同時に隣の国の私たちの物語でもあることに気付くはずである。  同小説集は韓国で二〇二一年に「小説家五十人が選んだ今年の小説」の第一位にも選ばれ、チェ・ウンミは現在最も注目される作家だといわれる。なお巻末に付された「作者のことば」と合わせ韓国独特の文化や表現に注釈を付した丁寧な訳と「訳者あとがき」は本書を理解する上でおおいに助けになるだろう。(橋本智保訳)(おかの・ゆきえ=京都芸術大学講師・日本近代文学)  ★チェ・ウンミ=江原道麟蹄郡生まれの作家。邦訳された著書に『第九の波』(韓国の大山文学賞受賞)。小説集『雪でできた人』の原書は、韓国日報文学賞を受賞。一九七八年生。

書籍

書籍名 雪でできた人
ISBN13 9784787726216
ISBN10 4787726218