2026/05/01号 3面

「私」という存在の科学

「私」という存在の科学 ティム・コールソン著 林 真理  現代科学の知識を総動員すると、宇宙から、地球、生命、素粒子まで自然認識の様々な謎について、何が言えるだろうか。そういった問に答えようとして書かれた一般向けの科学書である。著者はオックスフォード大学教授で、専門は生態学、進化生物学である。  全体を貫く問題設定は、私たち人類という知的存在の誕生は必然か偶然かというものである。自然界の振る舞いを決定づける定数が適切な値であったからこそ、この宇宙のような宇宙の進化がありえたという答えは、マルチバース(多宇宙論)型の人間原理であり、そのようにして著者は科学的事実と整合的な形而上学を提案していると言って良いであろう。  日本語圏の読者が本書を通読すると、学校教育における理科の知識やその他よく知られている科学のトピックが網羅されていることが印象的であるかも知れない。具体的に言えば、素粒子論と4つの力、宇宙誕生とビッグバンセオリー、太陽系などの惑星系の誕生、さまざまな元素の誕生、物質から生命の誕生と生命の進化、DNAの物質構造、人類進化、脳の誕生などである。総合的な科学の入門書として中高生にも薦められるに違いない。  しかし、著者はこの書籍がキリスト教文化の文脈で読まれる可能性を明らかに意識している。宇宙の始まりから人間の誕生に至るという本書の章構成そのものが、現代科学の知識を活用した「創世記」とも言えるものとなっている。単なる教科書的な科学的事実の羅列ではなく、宇宙を解釈するもうひとつの物語としての科学の提案がなされている。  にもかかわらず、キリスト教や反科学的立場への直接的な批判はあえて避けられていることも特徴である。つまり、創造説の滑稽さを嘲笑したり、反科学論者の自己矛盾を指摘して論破したりしようとする姿勢といったものから、本書は距離をとっている。むしろ科学を信じたくないという気持ちにそっと寄り添いつつ、それでも科学の立場からは、このような証拠に基づいて、このようなことが考えられているという紹介を行っていく。創造論者や反科学論者の心理的安全性に気遣った大人向けのサイエンス・コミュニケーションである。  さらに、本書で述べられているのは、科学的知識そのものだけではない。科学者が研究を行うための方法論、フィールドワークの実態、科学論文出版のための査読の仕組み、研究者の採用と雇用の手順、大学における組織運営など、科学そのものの内容ではない部分が多く含まれている。個人的エピソードが豊富なので余談と思われるかも知れないが、成果として現れた研究のエッセンスだけではなく、科学研究のあり方の実態を立体的に伝えようとする態度が伝わってくる。  十九世紀末、ダーウィン進化論が大きな社会的論争をまきおこしていた科学主義全盛の時代に、ドイツの生理学者デュ・ボア=レーモンは、「自然認識の限界について」および「宇宙の七つの謎」という二つの著名な講演を行っている(日本語訳は岩波文庫)。その講演において七つの謎とされたのは、「物質と力の起源」「運動の起源」「生命の起源」「自然の合目的性」「意識の起源」「知性の起源」「自由意志」であった。デュ・ボア=レーモンは、これらのすべてについて「私たちは知らないignoramus」と述べつつ、その後の科学の発展によって解明されるものもあろうが、将来も解決不可能な問題もあって「私たちは知ることはないであろうignorabimus」と、人類の科学的知識の将来を予測していた。本書は、そういった謎について一五◯年後の科学がどのように解答を出していったかという成果、あるいは出せなかったかという新たな限界について述べたものとも言える。  根拠となる研究論文を直接指示するような詳細な注などはなく、訳文もわかりやすいため、読み進めやすい。巻末の参考文献も市販の書籍ばかりである。専門的な内容をどのように嚙み砕いて説明しようかと苦労しているところが随所に見られるため、そういった工夫のさまざまを楽しむという読み方も可能である。(藤原多伽夫訳)(はやし・まこと=工学院大学教授・科学技術史・科学技術論)  ★ティム・コールソン=オックスフォード大学動物学教授。主な研究テーマは、捕食動物の生態系への影響について。

書籍

書籍名 「私」という存在の科学
ISBN13 9784140820087
ISBN10 414082008X