トランスジェンダー・ティーンネイジャー
ニコ・ラング著
森山 至貴
アメリカ合衆国ではここ数年、「子どもを守る」というレトリックのもとで、トランスジェンダーの若者への医学的処置を禁止し、トランスジェンダーを公的・私的領域から排除するさまざまな法律の成立が相次いでいる。本書は、そのような政策が「子どもを守る」どころか、当の若者たちの生命と安全を脅かしている現実と、その中を生き抜く一人ひとりの若者の人生の尊さを描く本である。
本書を読んで強く心を惹かれるのは、登場する若者たちの暮らしが放つ瑞々しさである。トランスジェンダーであるがゆえの困難に絶えず付きまとわれながら、それでもなお、進路に悩み、恋をし、好きな音楽やファッションに夢中になる日々は、まぶしいほど生き生きとしている。本書は、何よりもまず、そうした「等身大の若者たち」を描き出す。
その日常を支えているのが家族である。本書に登場する若者たちの多くは、自らがトランスジェンダーであることを親に理解され、その成長を支えられている。家族から受容されず孤立する若者も少なくない現実を思えば、恵まれた環境にあるようにも見える。しかし、本書はそこで立ち止まらない。親が子どもを受け入れることと、良好な親子関係とは別の問題だからである。親子の間には葛藤があり、親自身もまた困難を抱えている。理想化された「理解ある家族」ではなく、それぞれの事情を抱えながらも子どもを支えようとする家族の姿が描かれているからこそ、若者たちの日常もまた現実の重みをもって伝わってくる。
しかし、そのような等身大の日常こそが、いまアメリカでは国家によって脅かされている。本書には、トランスジェンダーを抑圧する法律のない州へ移住せざるを得なくなった若者たちが数多く登場する。生まれ育った土地を、自らの性のあり方ゆえに離れ、安全に生きられる場所を求めて移動する。その姿は、本書にも明記されているように、「難民」と呼ぶほかない。「子どもがトランスジェンダーにならないように守る」という名目でつくられた法律は、実際にはトランスジェンダーの若者たちから安心して暮らせる場所を奪い、生き延びることそのものを困難にしている。本書は、その暴力性を静かに、しかし鋭く描き出している。
だからこそ、本書は「等身大の若者たち」を描いた本であると同時に、「等身大でいることを許されない若者たち」を描いた本でもある。
本来、若者について語るとき、「未来がある」という言葉ほど自然なものはない。これからどのような人生を歩み、どのような人と出会い、何を選び取っていくのか。その可能性が開かれていることこそ、若者であることの重要な意味だからである。しかし、トランスジェンダー排除的な法律が乱立する現在のアメリカでは、未来を語るためには、まず今日を安全に生き延びられることが保障されなければならない、という前提そのものが崩されている。「あなたには未来がある」と大人が若者たちに胸を張って言えない現実こそ、本書が突きつける最大の悲劇なのである。
では、本書が日本語に翻訳され読まれる意味はどこにあるのだろうか。トランスジェンダーの若者にとっては、苦難のなかでも自分らしく生きようとする人々の存在を知るための一冊となるだろう。また、若者を支える立場にある大人にとっては、何を、どのように支えればよいのかを考える手がかりともなるはずである。しかし、本書の意義はそれだけではない。本書に描かれているのは、アメリカで起きているできごとであると同時に、いま私たちが生きる世界で起きていることでもある。だからこそ私たちは、この現実を「遠い国のできごと」としてではなく、「私たちの世界で起きてしまっていること」として受け止め、社会のあり方を問い直さなければならない。そのことを私たちに促すところにこそ、本書が日本語で読まれる意味がある。(安齋奈津子訳)(もりやま・のりたか=早稲田大学教授・社会学・クィアスタディーズ)
★ニコ・ラング=アメリカのジャーナリスト。
書籍
| 書籍名 | トランスジェンダー・ティーンネイジャー |
| ISBN13 | 9784760156580 |
| ISBN10 | 4760156585 |
