- ジャンル:民俗学・人類学・考古学
- 著者/編者: 木村周平
- 評者: 内田 賢
つなみのあと、みらいのさき
木村 周平著
内田 賢
「僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない」尾崎豊の歌う曲が車内でリピート再生されていた。2021年10月、評者は地元であり研究のフィールドでもある宮城県石巻市で、調査協力者のカネコさんが運転する車に揺られていた。カネコさんは石巻市を中心に活動する女性で東日本大震災以降10年以上にわたり「やっぺす(旧:石巻復興支援ネットワーク)」の代表を務めた。地域で精力的に活動を続けるカネコさんになぜこの曲をリピート再生するのか聞いたところ「自分が踏んばるために必要なの」と。復興を歩む同地域の市民活動の中心的人物でもあるといえるカネコさん。周りがみる強かなカネコさんへのイメージとは一見ズレるような、自分を保つために行う尾崎豊のリピート再生。評者は本書を読んでこのストーリーが浮かび上がった。
なぜ、こうしたとある女性のストーリーから評がはじまるか。それこそがまさに著者が本書に込めた想いへの評者なりの応答だからである。著者は次のように読者のストーリーと本書の断片群(ストーリーズ)を重ね合わせて読むことを願う。「本書では、読者自身に手持ちの何かと重ね合わせてもらえることを願いながら、断片群を提示してきた」(275頁)「断片群は、震災に関わる支配的な語り方や一般化、事実確定(ないし限定)に待ったをかけようとする、ごく些細な追記のようなものに過ぎない。だからこそ本書のストーリーが、読み手の何か別のストーリーを喚起することで、忘却に抗って物語が続いていってほしいと願う」(320頁―321頁)
木村周平が岩手県大船渡市綾里において10年を超える綿密な人類学的調査を実施し書かれた本書は、全6章で構成され、著者の言葉を借りると、複数のストーリーズが重なり合いながら記述されている。人類学の先行研究を参照しつつもその割合が多いわけではなく、広い読者を想定して作られた書籍である。実際に、人類学の専門家ではない評者もその学術的解説の分かりやすさから学ぶとともに、そうした学術的議論を除いたエスノグラフィや登場人物のストーリーズから、いち被災経験のある当事者としても胸を熱くする読書体験をした。
著者が宣言する本書の4つのねらいは、「①東日本大震災を単一の出来事と決めてかからないこと、②単線的な時間観を前提としないこと、③人々のまとまりを空間的な近接性をベースにイメージする枠組みを鵜呑みにしないこと、④『人(人間)とはいかなる存在か』を自明のものとせず、記述の中で考えていくこと」である(7―9頁、320頁)。随所で鮮明な情景が浮かび上がるような写真が挿入される同書は、著者と語り手との深い信頼関係はもちろんのこと、相互行為的にストーリーズが作られていく様が伝わる。また従来の学術書籍と異なるのが、同書に登場する語り手も、参照される研究者名も皆がカタカナで表記されるということである。これは、参照される研究者のみが本名を記載され、インタビューの語り手たちが記号化されるという既存の研究における非対称性や権威性を崩す試みといえよう(6頁)。
本書は、震災直後に著者がニュースで目にしたある夫婦の「大丈夫。再建しましょう」という語りへの衝撃からはじまる。本来であれば、あれほどの惨事を経験した人が「立ち上がる」意思を口にするまでには相当の時間を要する。というのが一般的な理解かもしれないが、そうではなく、被災者には、被災地には、独特のリズムがあると著者は考え、フィールドに足繁く通うようになる(第1章)。
なかでも、被災地や被災者のストーリーの記述が単線的な時間観ではなく、過去・現在・未来の枠組みを越境し、他者や他の事象と交錯しながら描かれている点が特徴的である。また、「過去」を記述する際にも単にそれを「震災前」という時期に注目するのみならず、歴史学・人類学・民俗学・社会学から形成される「東北学」の研究群を参照し、当地の固有の歴史性と接続している点も特筆されるべきであろう。東日本大震災をその歴史のなかに位置づけることによって、三陸沿岸地域が海と、波と、いかに共生してきたのかがより鮮明に浮かび上がるのである。
冒頭のカネコさん(とわたし)のストーリーに戻ろう。なぜ評者は本書を読み進める中で、カネコさんのストーリーを想起したのか。それは第1章の夫婦の語りはもちろん、特に第4章で取りあげられた被災地に暮らす、したたかにしなやかに語る女性たちのストーリーズとカネコさんの姿が重なり合って見えたからかもしれない。しばしば被災地を対象にこれまでなされてきた調査や研究や報道などでは、社会的・経済的に中心的な位置を担う男性たちが復興の主体として注目されてきた。こうした点には「災害とジェンダー」の視点から批判が行われ、評者も強い問題意識を抱いてきた。しかしながら、同書においては女性たちの存在も捨象されることなく描かれる。地域に向き合った調査を重ねればこそ、言うまでもなくそこに暮らす女性たちの姿やストーリーズと出会うわけであり、そういった意味においても著者のフィールドへの真摯な姿勢がうかがえた。
本書ではさらに第2章や第3章で「語られない」声や存在にも目を向けられた。しかし、実際には本書で取りあげられていない(あるいは取りあげることができなかった)ストーリーズも無数にあっただろう。他の不可視化された声をいかに補完しながら東日本大震災のストーリーズを広げ深めていくか。これは評者を含めた読者が想起し紡いでいくものなのかもしれない。(うちだ・すぐる=一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員・フェミニズム・クィア災害研究)
★きむら・しゅうへい=筑波大学教授・文化人類学者。著書に『震災の公共人類学』など。
書籍
| 書籍名 | つなみのあと、みらいのさき |
| ISBN13 | 9784865001983 |
| ISBN10 | 4865001980 |
