- ジャンル:哲学・思想・宗教
- 著者/編者: デビッド・B・イェイデン
- 評者: 山根秀介
神秘的経験の諸相
デビッド・B・イェイデン/アンドリュー・B・ニューバーグ著
山根 秀介
本書は、サイケデリックスによる変性意識状態の研究で知られるイェイデンと、宗教経験に対して神経科学から光を当てる「神経神学」の第一人者として高名で、自身も宗教者であるニューバーグという二人の神経科学者の共著である。ニューバーグの著作はすでに主著『神経神学 科学は霊性にいかに光を当てるか』(貝谷久宣訳、北大路書房、二〇二三年)をはじめ、複数の邦訳が出版されている。序文でも述べられているように、この『神秘的経験の諸相』というタイトルは、プラグマティズムの創設者の一人として著名な哲学者・心理学者のウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』(以下『諸相』)から取られたものである。本書が『諸相』から受け取ったのはタイトルだけではない。本書の最大の特徴は、『諸相』でジェイムズが宗教に対して堅持した抑制的な態度を最も優れた意味で引き継いでいるという点にある。イェイデンとニューバーグは、ジェイムズの時代とは比べようもないほど発展した神経学、生理学による多数の実験を考察のための材料として参照しつつも、決して安易に結論を導出することはなく、そこから何が言えて何が言えないのかを冷静に見極めて提示するという態度を一貫して取り続けるのである。
一八八八年に始まり今なお続くギフォード講義をジェイムズがエディンバラ大学において担当したのは、一九〇一年から翌年にかけてであった。講義はその年にすぐさま『宗教的経験の諸相』として刊行され、同時代、そして後世の宗教学や哲学に甚大な影響を与えた。よく知られたところではルドルフ・オットー『聖なるもの』やアンリ・ベルクソン『道徳と宗教の二源泉』が挙げられるだろうし、やや意外に思われるがウィトゲンシュタインも『諸相』の愛読者であった。我が国でも夏目漱石、鈴木大拙、西田幾多郎といった錚々たる知識人がかなり早い時期に『諸相』を読んだことが明らかとなっている。いずれにせよ、本書は今日でも宗教学、とりわけ宗教経験論の古典としての地位を保っている。
『諸相』の画期的な点は、教義、信仰箇条、経典、制度からではなく、そうしたものが発出する源としての個人の内的な宗教的経験から、宗教を考えようとしたことにある。ジェイムズは日常的な意識を超越した神的なものと出会う宗教経験を報告する記述に徹底的に寄り添うという、「心理学的」とも言えるアプローチをとった。それは何らかの先取りした教義の枠組みを宗教経験談に当てはめることでもなければ、宗教経験は脳内の特異で病的な神経的プロセスの結果でしかないと断ずることでもない。ジェイムズにとってその二つの態度はいずれも独断であった。彼は宗教と科学のうち一方を他方に還元する態度から意識的に距離を取り、それ自体は主観的なものである宗教経験を語る言葉を一つの客観物として取り扱うことで、「宗教の科学」を打ち立てようとした。
本書の全二十章の要約は「訳者解説」にゆずるとして、全体の部構成について言及しておく。第一部ではジェイムズとその生涯、『諸相』の紹介や神秘的経験全般、そしてジェイムズと著者たちが共有するプラグマティズムの方法論についての説明がなされる。第二部は「ヌミノーゼ体験」「啓示体験」「共時性体験」など、いくつかに分類された神秘的体験それぞれに対応する神経科学の実験とその結果を詳細に分析する。そして第三部ではここまでの成果をふまえて、宗教経験について、そして宗教と科学の関係についての考察がなされる。第一部単体でも興味深い議論が多いし、また日本語で読めるジェイムズの伝記的な記述としては充実した章が含まれているが、本書の主題にとって重要なのはやはり第二部、第三部であろう。第二部では膨大な神経科学的な実験結果が紹介され、読者はその一つ一つの興味深さと意外性に思わず目を奪われる。私たちが知らなかった多数の事実やデータが手際よく整理されて提示され、宗教体験と脳の神経状態との「対応関係」が示される。ここで著者たちは考察を意図的に抑制し、記述に専念しているように思われる。不注意な読者であれば、そのような記述に自身の独断を持ち込んで、好きに読み筋をつけてしまうかもしれない。
しかしながら、神秘経験の真実性を科学的証拠によって否定したい、逆にそれを科学によって権威づけたいという動機で本書を繙いた読者の期待は、第三部で裏切られることになる。ここで二人の著者は、第二部で参照した実験結果をもとに、私たちは何をどこまで言うことが可能であり正当であるのか、またさらに見解を広げ深めるためにはどのような実験やデータが必要で、それが得られれば何が分かるかといったことを、あくまで中立的な姿勢で考察する。その具体的な議論については本書を読んでいただくよりほかないが、そうした考察から引き出される結論は、何か理論的なスローガンになりうるような、明瞭で断定的なもの、人の目を惹くような華々しいものではない。読者によっては煮え切らないものにも映るであろう。しかしながらこの「煮え切らなさ」は、著者たちがジェイムズにならって、あるいはことによるとジェイムズ以上に徹底して、「宗教の科学」という理念に忠実であろうとした結果であり、それ自体が一つの偉大な学問的成果である。
最後に訳者について触れておきたい。本書のように哲学、宗教学、心理学、神経科学、生理学など、複数の学問分野が交わる学術的な文章を翻訳することは容易なことではない。現代社会の宗教の在り方をとりわけスピリチュアリティという観点で研究してきた葛西、緻密なジェイムズ研究のみならずニューバーグをはじめとした神経神学の成果の摂取に努めてきた冲永、現役の精神科医として宗教が精神医学に対して果たしうる役割を模索してきた杉岡。本書を日本語に訳出するメンバーとして、ほとんどベストと言って良い布陣であると思われる。(葛西賢太・杉岡良彦・冲永宜司訳)(やまね・しゅうすけ=横浜国立大学助教・フランス哲学・プラグマティズム・宗教哲学)
★デビッド・B・イェイデン=ジョンス・ホプキンス大学助教授・認知神経科学・精神薬理学。
★アンドリュー・B・ニューバーグ=トーマス・ジェファーソン大学病院マーカス統合医療研究所所長・医学。
書籍
| 書籍名 | 神秘的経験の諸相 |
| ISBN13 | 9784393324141 |
| ISBN10 | 4393324145 |
