きれいはいまもゆれている
谷本 奈穂・飯塚 理恵編著
大木 龍之介
『きれいはいまもゆれている』――このタイトルは多義的だ。「きれい」とされるものは、社会や文化とともに変容する。「きれい」に対する〈わたしたち〉の態度や関係も、常に同じではない。この移り変わる「きれい」と〈わたしたち〉――それが誰を指す/さないかも含めて――を捉える視点さえ、様々な対話を通じて変化する。だから「きれい」は、いまもずっと、ゆれている。本書はこうした複数の「ゆれ」を見事に照射し、〈わたしたち〉が美を考えるための、十の視点を提供してくれる。
第一章で永山理穂は、「きれい」をめぐる多層的な視点の重要性を説く。そのために、美を論じるフェミニズムが依拠してきた「抑圧/主体性」の二元論に、新自由主義、インターセクショナリティ、感情(情動)という概念を導入する。本章は編者の谷本が蓄積してきた、美を考える従来の枠組みを乗り越える仕事を継承し、その射程を拡げる力作だ。
一方で亀岡菜穂子は、あまりに「ゆれ」すぎている「ルッキズム」という語を整理する。英語圏と異なる用法を含む日本独自の「ルッキズム」概念を、序列化説、不当感説、実践説、規範説というフレームで捉え直し、論者や文脈に応じてゆれる「ルッキズム」の意味と問題点を見定める試みが、熱量の高い筆致によって、説得力のある形で達成される。
飯塚理恵は、美容実践を医療化しないことが切り開く、美と〈わたしたち〉との新たな関係に希望を寄せる。現実にはしかし、特にアンチエイジングが、実践的治療概念だけでなく、哲学的治療概念さえも用いて「治療」として正当化=歪曲化され、エンハンスメントとしての美容実践の可能性が閉ざされつつある。このような現状と未来に、飯塚は警鐘を鳴らす。
続く永山は、美容職従事者を「美の規範の手先/劣悪な労働環境の犠牲者」と見なす従来の枠組みを批判し、美容職の女性が自らの美容実践と顧客に対する美容提供に抱く感情に光を当てる。自らが体現し提供する美をエンパワリングなものと考えつつ、消費資本主義に対する葛藤も抱くという、美容職従事者のゆれ動く「中間の地平」を掬い上げることで、永山は美を論じるフェミニズムに不可欠な視座を、新たに導入する。
第五章では、日本の美容整形研究の牽引者・谷本菜穂が、男性――この二元論的カテゴリの問題を意識しつつ――の美容整形を論じる。まず谷本は、男性の美容整形に潜む「教える側=女性」の視線や、様々な他者(同性、異性、流行、社会的立場)の影響を明るみに出す。その上で、「新しく見える」男性の美容整形増加の背景に残る、「男らしさ」への希求を鋭く見抜く。
東アジアの男性の美容に焦点化する小平沙紀は、韓国の軍人向けカルチャー雑誌『HIM』を丹念に読解する。男性美容広告の変遷を整理した上で、小平は「肌が綺麗でなければ異性愛者としての男性性が脅かされる」というメッセージが、新自由主義的な「管理」概念と手を組む形で発信されてきた点を紐解く。そして、軍人の美容行為が担う「へゲモニックな男性性」再構築という機能を、鮮やかに指摘する。
四本のコラムも充実している。ヴァーチャル空間における美の可能性(小池真由)、YouTubeから紐解く美容整形に対する印象の変化(武野優季恵)、メンズメイクと「男らしさ」の関係(高山理名)、男性の脱毛が持つ社会的意味(伊藤朱里)など、いずれもゆれる「きれい」の多面性を、様々な視座から補強する内容だ。
このように複数の視点から紡がれた本書は、「きれい」をめぐる新たな「問い」への道も切り開く。美の抑圧性を問題視するフェミニズムが他方で模索した、オルタナティヴな美の在り方や、着飾らないことの快楽は? 「~差別のルッキズム的現れ」という言葉が、結果的に様々な身体の異なる経験を回収してしまう危険性は? アンチエイジング美容と、(注で言及される)障害学や異性愛主義的時間性との関係は? 美容職従事者の男性の「きれい」の捉え方は? 男性の美容整形実践者が意識する「同性ウケ」や、韓国の「マッチョできれいな」男性が投稿するサースト・トラップ的な写真が示唆する欲望は? 「きれい」とジェンダー・アイデンティティ、恋愛伴侶規範との交差性は?
本書はこうした、「きれい」を取り巻く新たな議論へと、読者を誘う。ゆれる「きれい」を、〈わたしたち〉を、その捉え方を、同じではない十の視点から綴ることで、〈わたしたち〉が「きれい」についての対話を推し進めるための、素地を築いてくれた――だからこそ本書は、こんなにも魅力的なのだ。(おおき・りゅうのすけ=椙山女学園大学人間関係学部講師・英語圏文化・文学・ジェンダー)
★たにもと・なほ=関西大学総合情報学部教授・文化社会学。
★いいづか・りえ=広島大学共創科学基盤センター特任助教・哲学・倫理学。
書籍
| 書籍名 | きれいはいまもゆれている |
| ISBN13 | 9784771039797 |
| ISBN10 | 4771039798 |
