2025/04/18号 3面

奈良時代政治史の諸相

 本書は、奈良時代の政治史の中でも「皇位継承や政治権力をめぐっての政治闘争の事実」(本書二一二頁)を真正面から論じたものである。奈良時代(七一〇年の平城京遷都から七八四年の長岡京遷都までの七四年間)には元明天皇から桓武天皇まで八代七人(孝謙天皇と称徳天皇は同一人物)の天皇が即位したが、その内の四代三人は女帝であった。さらに次代の天皇となる皇太子候補者も多かったため、八代七人の天皇が即位するまでに、次の天皇や皇太子に誰を推すか、次の政治権力を誰が担うのかを天皇、皇親、政治首班たちが争うという混沌の時代とも言える。本書では、約一三〇〇年前に生きていた人物一人一人の思惑と立場が具体的に叙述されており、歴史上の人物が現代の我々の眼前に生き生きと現れる一書である。  本書は本論一三章と付章二章とで構成される。紙幅の都合で各章の題目(副題を除く)のみ挙げる。第一章「元正天皇即位をめぐる政治的考察」、第二章「聖武天皇の即位と藤原麻呂の画策」、第三章「孝謙女帝中継ぎ試論」、第四章「道祖王立太子についての一試論」、第五章「孝謙女帝と淳仁天皇の関係」、第六章「淳仁天皇の妻妾と後宮」、第七章「氷上志計志麻呂・川継兄弟の生年」、第八章「氷上川継の事件再論」、第九章「竹野女王について」、第一〇章「藤原仲成と妹東子の入内」、第一一章「桓武天皇と皇位継承」、第一二章「藤原式家衰亡の一要因」、第一三章「他戸皇太子と「不穆」だった「帝」は光仁か桓武か」、付章一「林裕二氏の「藤原四子論」への疑問と課題」、付章二「北啓太氏著『(人物叢書)藤原広嗣』を評す」。  八代七人の天皇の即位を各章で論じているが、やはり目を引くのは四代三人の女帝の考察である。まず前提として著者は、「女帝すべてに共通の特色を求めること」には批判的であり、各女帝の即位について「即位した理由」と「即位した意義」を峻別して考察している。そして、各女帝の内、第一章元正女帝と第三章孝謙女帝の即位の背景にそれぞれの母親の思惑を強調している。元正女帝の即位には母元明女帝(太上天皇)の藤原氏の権力拡大を避けるためという思惑があり、孝謙女帝の即位には母后光明皇太后の思惑があったことを指摘し、元正と孝謙の即位を「中継ぎ」であると評価する。特に第五章では、娘孝謙と母光明との皇統意識の相違を論じており、母娘の間には即位と譲位における微妙な確執があったことを示唆している。天皇の位を継ぐことが一枚岩ではなかったことを想起させる。そのことは、皇統が替わり即位した桓武天皇を論じた第一〇~一三章でもうかがえる。  さて、二〇一九年五月一日に新元号「令和」となり、明仁上皇から徳仁天皇に譲位が行われたが、この生前譲位をめぐり、歴史学界では天皇制について改めて問い直す機会の場が設けられた。たとえば、歴史学研究会では二〇一八年四月一四日にシンポジウムが開かれ、それを元にした論集『天皇はいかに受け継がれたか』(績文堂出版、二〇一九年)が刊行された。それによれば、日本史上最初の譲位は六四五年の皇極女帝から軽皇子(後の孝徳天皇)への譲位とされる。天皇位を継がせるという譲位は、女帝の存在と切り離すことができないのである。女帝は七~八世紀に集中しており、一見すると古代史だけの特質のように考えられるが、譲位の歴史を紐解けば、女帝の存在が古代史だけの特質と評価することはできない。このことは女帝を歴史的にどのように考えるべきかという問いを生み出し、それは「皇室典範」問題を理解する上でも重要な要素であり、現代にもつながる性質を帯びている。本書は、まさに天皇位を誰に譲るのかという問題に対して、女帝本人のみならず、その皇親や政治首班たちの思惑を通してまざまざと描き出しており、八世紀の「政治闘争」を単なる過去のものとは見なさず、現代の問題を考えるヒントを読者に与えてくれる。(さとだて・しょうだい=明治大学研究推進員・歴史学)  ★きもと・よしのぶ=龍谷大学元教授・日本古代政治史。著書に『藤原仲麻呂』『万葉時代の人びとと政争』など。一九五〇年生。

書籍

書籍名 奈良時代政治史の諸相
ISBN13 9784757611108
ISBN10 4757611102