フランス・アカデミーの時代
隠岐 さや香・栗田 秀法編
長野 壮一
「フランス・アカデミー」と聞けば、気の利いた読書人なら、きっと関連する事柄を一つか二つは連想することができるだろう。たとえば、正統な仏語文法を厳格に守る権威ある機関「アカデミー・フランセーズ」、ルソー『人間不平等起源論』やプルードン『所有とは何か』が世に出る契機となった地方アカデミーの懸賞論文、「ベリー公のいとも豪華なる時禱書」やレオナルド・ダ・ヴィンチ「パリ手稿」の所蔵元、芸術科の最優等生に授与された「ローマ大賞」、実業家ベルナール・アルノーの会員就任という近年のゴシップ、あるいは通なら、蓮實重彥『凡庸な芸術家の肖像』の冒頭場面――「不死」の人々――といったところか。
しかしながら、そもそも「フランス・アカデミーとは何か」と問われると、たとえ専門家であっても案外答えに窮するのではないだろうか。実の所、「フランス・アカデミー」の全貌を摑むことは、これまで容易ではなかった。確かに地方アカデミーに関しては社会史の碩学ダニエル・ロッシュの浩瀚な先行研究があるものの、本書序章でも指摘される通り、その活動範囲の広さや組織の多様性も相まって、「フランス・アカデミー」の総合的研究はこれまでなされてこなかったと言ってよい。
本書の主眼はそこにある。ここで「フランス・アカデミー」とは、古典古代に起源を持つ人文主義的なルネサンス期のアカデミーを代替する形で概ね一七世紀に成立し、旧体制を通じて大革命期まで存続した王立の機関として定義される。近世期のフランス王立アカデミーは六つの組織から構成された。アカデミー・フランセーズ、絵画彫刻アカデミー、碑文文芸アカデミー、科学アカデミー、音楽アカデミー、建築アカデミーである。本書では、これら王立諸アカデミーが、学者や作家など「文人」による組織と、芸術家や建築家など「技芸家」による組織の二系統に分類する形で分析される。言うなれば、前者は知を、後者は美を追求したアカデミーと表現できようか。本書の前半では、制度・会員・活動内容などから、六つのアカデミーそれぞれに対して総合的に分析が加えられる。
さらに本書を特徴付ける最大の要素は、後半のテーマ史研究である。ここではアカデミーを取り巻く外的な諸条件という観点から、組織の財政事情、国家権力や社会との関係、組織の内外との関係、さらには外国との関係まで、多様な関心に応える内容となっている。ここで本書が専門分野を異にする六名による共著であることの意義が活きてくる。各章の執筆者それぞれの専門性を背景に、文書館史料に基づく言説分析から統計処理による集合的伝記研究まで、多彩な手法からアカデミーの性格が分析される。
この構成が示す通り、本書はフランス知の機微を熟知した執筆陣による共同研究の賜物である。とりわけ巻末に収録された付録資料は、今後、当該分野の研究において参照され続ける基本文献となるはずである。また、各章の随所に掲載された豊富な図版は、往時のアカデミーが誇った典麗ぶりを思い起こさせてくれる。本文の主題に関連する十二のコラムも小噺に満ち、思わず読み耽ってしまうだろう。それゆえ、本書はハードな研究書であると同時に、ある種、啓蒙書のような性格も備えている。
そうした本書を通読したとき、アカデミーという組織は必ずしも独立自尊の自明な制度ではなく、王国内外の諸アクターとの関係のなかで成り立っていた――そして時に揺れ動いていた――という史実が印象付けられる。組織の財政事情は当初より不安定で、アカデミー・フランセーズや科学アカデミーは予算と独立性をめぐり絶えず王権と交渉を重ねた。本書を通じて繰り返し記述されるのは、とりわけ権力と自立的な学者・芸術家の共同体との関係だ。本文から引用すると、「科学アカデミーの歴史は近代における専門的権威の確立とその自律性の獲得をめぐる葛藤の諸相を内包するもの」であったのだ。
本書を通じていま一つ印象付けられるのは、近世から近代への移行期、アカデミーは絶えず変化に晒されてきたという史実だ。本書の表題が『フランス・アカデミーの〈時代〉』であることに今一度注目しよう。たとえば、設立時より組織編成として法的に曖昧な立場にあった音楽アカデミーは、大革命を経てオペラ座へと形を変え今日に至る。絵画彫刻アカデミーや碑文文芸アカデミーは、当初は国王の顕彰を主眼としていたが、次第に活動の主眼を社会への啓蒙に移し、さらにはサロンやコンクール、懸賞論文を主宰する市民的公共空間へとその性格を変える。知や美の権威は不動のものではなく、意外にも時局の趨勢に翻弄されてきたのである。
本書が刊行された今日、アカデミーをめぐる情勢は再び変化の渦中にあるように思われる。編者の一人による「あとがき」で吐露される通り、近年、アカデミーの権威低下を印象付ける報道には事欠かない。こうした状況に対して本書はいかに答え得るだろうか。
本書はあくまで綿密な実証研究であり、その記述は概ね実直かつ抑制的と言える。こうした質量を伴った真摯な研究を江湖に問うことそれ自体が、社会や政治における学問不信への回答となるはずである。無論、誠実な歴史研究者であるならば、禁欲的な実証研究に政治性を過度に読み込むことは厳に慎むべきだ。しかしながら、たとえば「学問や芸術を始め、あらゆる近代的な価値が問い直される危機の時代であればこそ、私たちの拠って来るところを確認する作業もまた重要となるはずである」という「おわりに」の記述を目の当たりにするとき、本書の端々に書き手の込めた感慨を思わず読み取ってしまうだろう。本書は堅実な研究書であるのみならず、学問の自由の現在を考えるうえでも読むべき一冊である。多くの読書人の手に渡ることを願って止まない。(執筆=隠岐さや香・栗田秀法・玉田敦子・佐々木真・新居洋子・中島智章)(ながの・そういち=北海道大学JSPS特別研究員(PD)・フランス史)
★おき・さやか=東京大学大学院教授・科学技術史。著書に『科学アカデミーと「有用な科学」』など。
★くりた・ひでのり=跡見学園女子大学教授・西洋美術史。著書に『プッサンにおける語りと寓意』など。
書籍
| 書籍名 | フランス・アカデミーの時代 |
| ISBN13 | 9784815812461 |
| ISBN10 | 4815812462 |
