毛沢東時代の統治と民兵
高 暁彦著
大澤 武彦
新進気鋭の若手による力作である。
本書は、毛沢東時代の統治とその体制が、民兵という暴力機構を大きく内包していたことを明らかにした貴重な研究成果である。
二〇世紀初頭の中国では、国家機能の衰退を背景に、様々な目的を掲げた民間武装団体が乱立する状況が生まれた。本書は、一九四九年に成立した中華人民共和国がこうした団体を民兵という形で取り込み、その社会主義建設を行う中で、民兵こそが重要な役割を果たしたと主張する。
著者はこの主張を立証するために、沿海都市近郊と内陸山間部から、それぞれ典型的な地域を選び出して資料調査を実施している。一つは江蘇省の松江地区(現在は上海市に含まれる)であり、もう一つは貴州省の銅仁地区である。換言すれば、前者が「先進」的モデルケースであり、もう一方は最「後進」地域の一つとして取り上げられている。
そして、これは本書の大きなメリットとも言えるが、対象地域をあえて限定することにより、中華人民共和国成立から文化大革命までという長いスパンで緻密な検討をすることが可能となった。
では、その主張を支える歴史資料は何であろうか。著者は県レベルの檔案館(公文書館)を中心に資料調査を行っており、特に注目すべきは、次の檔案館の檔案(公文書)を使用していることである。すなわち、その中心となるのが、上海市の浦東新区檔案館・奉賢区檔案館、貴州省の沿河土家族自治県檔案館・徳江県檔案館に所蔵されている檔案である。中華人民共和国成立後を対象とする研究において、これほどの地方レベルの檔案を使った業績はほとんどなく、画期的なことである。これらを発掘した著者の精力的な努力に敬意を払いたい。
本書では、毛沢東時代が民兵という暴力機構を埋め込まれた社会であったことを具体的な事例に基づき論じている。そして、これらはたびたび問題視されつつも、結局は、毛沢東がその政策を実施するにあたっての不可分のピースとしていたことを極めて説得的に論じている。
例えば、一九五五年から一九五六年の農業集団化において、これまでの先行研究では「大衆動員」によって行われたというのが定説である。しかし本書では、民兵による暴力が極めて重要な役割を果たしたと主張しており、この指摘は注目に値する。そして、その後の大躍進などにおいても、民兵は実行部隊としての役割を果たし、農民への強制と脅迫が露骨となった様を生々しく描いている。さらに、文化大革命において、民兵の統制が比較的取れた松江地区とそれから極めて逸脱した行為が見られた銅仁地区との対比なども興味深い。こうした差異がどのような歴史的な条件によって発生するのか、今後もさらに検討を深める事例であると考えられる。そして、文化大革命という現代中国における最大の政治運動による「悲劇」を考える上でも重要な論点を本書は提示していると言えるだろう。
最後に、二つコメントをしたい。一つ目は、とりわけ、日中戦争において戦場となり、その占領下に置かれた松江地区で、あまり日本の侵略の「痕跡」が見えないのは、違和感があった。また、国民政府の統治下にある銅仁地区でも、日本の存在は考えなくても良いファクターとして描かれているように見えた。すなわち、毛沢東時代の民兵の動員やその活動にあたって、かつての日本の侵略の影響をどのように考えるべきかという論点がある。
二つ目は、評者も含む、現地の檔案の調査に不案内な他の研究者のためにも、一つお願いをしたい。評者は、本書を読みながらこれほどの生々しい暴力の実態を描いた檔案そのものについて関心を抱き、例えば、上海市檔案館(https://www.shda.gov.cn/)の「数字檔案査閲系統(デジタル公文書調査システム)」などで著者が取り上げた資料を検索してみた。ところが、タイトルや文書番号で検索してもヒットすらしないものが多数あった。このあたり、どのようにすれば本書のように膨大とも言える檔案にたどり着くことができるのか、使用した檔案の説明のところで言及があればありがたかった。
以上のコメントをもってしても、本書は、毛沢東時代の中国を考える上で、今後も読まれ続ける重要な成果であることは間違いない。(おおさわ・たけひこ=国立公文書館公文書専門官・中国近現代史)
★こう・ぎょうげん=東北大学大学院助教・中国共産党史。
書籍
| 書籍名 | 毛沢東時代の統治と民兵 |
| ISBN13 | 9784815812133 |
| ISBN10 | 4815812136 |
