2025/04/11号 4面

バスケットボール秘史

バスケットボール秘史 谷釜 尋徳著 及川 佑介  本書はバスケットボールの史実について社会的事象を意識しながら語られ、過去を振り返っていく中で、現在そして未来のバスケットボール・スポーツ界を予想したくなる一冊であるといえよう。  社会が動いているとき、そこには人が存在している。本書では、バスケットボール史について人という視点を軸に語られ、バスケットボールの素晴らしさに魅了された先人たちによる社会への挑戦の積み重ねが著されている。  バスケットボールの創案者、ジェイムズ・ネイスミス(以下、「ネイスミス」と略す)はバスケットボール競技が暴力的にならないよう安全面を考慮してボールを持って走るという競技規則を禁じた。1891年にバスケットボールが誕生し、1894年には成瀬仁蔵により、日本にバスケットボールが移入された。成瀬仁蔵はアメリカで女性用のバスケットボールを学び、日本の女性向けの競技規則にアレンジしている。その理由は、ネイスミスと同じく、安全面を考えてのことであった。  一方、ネイスミスが考案したバスケットボールの競技規則のまま、日本に伝えたのが大森兵蔵であった(1908年)。大森兵蔵が日本のYMCAに伝えたバスケットボールは、F・H・ブラウン(北米YMCA同盟)の来日により、本格的に日本で行われることになった。その結果、バスケットボールの競技化が加速し、1917年には日本のバスケットボール界で初の国際大会となる第3回極東選手権競技大会へ出場することになった。  当時、各地のYMCAでバスケットボールが行われ、東京YMCAは全日本選手権大会で三連覇を成し遂げている。しかし、1923年に関東大震災が起き、東京YMCAの体育館が避難所になったことで、バスケットボールの活動は東京YMCAの体育館で行うことが出来なくなった。このことがきっかけとなり、日本のバスケットボール界はYMCAチームから大学チームが台頭することになった。新たな時代の転換点は震災であったということを忘れてはならない。  昭和期に入り、大学のバスケットボール関係者たちが先頭に立ち、大日本バスケットボール協会を設立した(1930年)。翌年には、大日本バスケットボール協会の機関誌『籠球』(1931年―1942年)が発行され、国内の統括団体としてバスケットボールに関する情報を発信した。そして、大日本バスケットボール協会が設立し、組織が統制され、1936年にはオリンピック・ベルリン大会に出場している。なお、周知の通り、戦争の影響で、次のオリンピック・東京大会(1940年)は中止となったことについて本書では大日本バスケットボール協会で理事を務めた李想白の発言を取り上げている。  日本のバスケットボール界が一歩ずつ着実に成長していく様子を本書で多角的に描き出している。例えば、ドリブル技術の発達過程をタチカラ社のボールや技術の導入から記していること。鬼塚喜八郎(現株式会社アシックスの創業者)によるバスケットボールシューズの開発のこと。1964年のオリンピック・東京大会で、日本チームの監督である吉井史郎が、世界で勝つための戦術を試行錯誤しながら創り上げていったことなどである。  また、バスケットボールの人気についても本書では触れている。オリンピック・バルセロナ大会(1992年)でアメリカのNBAでプレイするマイケル・ジョーダンなどのスター選手が集まったドリームチームのこと。漫画・スラムダンクの人気により、バスケットボールの競技人口が増加したこと。日本人初のNBA選手になった田臥勇太のこと。現在、NBAで活躍している八村塁のこと。Bリーグが開幕したこと。オリンピック・東京大会(2020)で女子日本代表チームが銀メダルを獲得したことなどを取り上げ、令和期のバスケットボール人気の背景を記している。  上記したように、日本のバスケットボール界は、災害、戦争などの困難がありながらも発展して来たことがわかる。近年では、コロナウイルスによる世界的なパンデミックや能登半島地震が起きている。約130年前、ネイスミスや成瀬仁蔵がバスケットボールの競技規則によって暴力的な要素を排除しようとしていたが、現在、日本のバスケットボール界・スポーツ界では暴力や暴言が問題視されている。  日本のバスケットボールの発展は、先人たちの社会への挑戦の積み重ねとともに、大日本バスケットボール協会の設立時のように、若者たちが前体制に反抗して体制を変えたほど、若者の力が見受けられた。大日本バスケットボール協会の中心に朝鮮人である李想白がいたという日本の他競技種目団体ではなかったことが、バスケットボールであったという事実は、若者たちの柔軟な考えが日本のバスケットボール界の根底にあったといえよう。  2025年の今年は昭和で数えると100年にあたる。約100年前に若者たちの力で築いた日本のバスケットボール界は、世界に向けてさらに挑戦していくのではなかろうか。(おいかわ・ゆうすけ=東京女子体育大学准教授・体育方法・スポーツ史)  ★たにがま・ひろのり=東洋大学教授・スポーツ史。著書に『スポーツの日本史』『歩く江戸の旅人たち』など。

書籍

書籍名 バスケットボール秘史
ISBN13 9784334105549
ISBN10 4334105548