無知の世界史
ピーター・バーク著
鶴田 想人
本書は、近年急速に発展してきた「無知研究」の成果を歴史学の立場から総覧した意欲作である。二〇〇〇年代以降、「無知」は学術研究において重要なテーマとなってきた。その先鞭をつけたのは、科学史家ロバート・プロクターらによる無知学(アグノトロジー)である。科学的知識に加え、無知がいかにして作り出されるのかを問うこの分野は、科学史の領域を超えて大きな影響を与えてきた。他方で歴史学においては、「(近代西洋)科学」史が取りこぼしてきた知識を扱う「知識史」の発展を経て、「無知の歴史」へと視線を向ける流れが生まれている。本書はまさに後者の系譜に属し、その一つの到達点とも呼べる著作である。
著者のピーター・バークは、言わずと知れた現代を代表する歴史家の一人である。二〇冊を超える単著を刊行し、その半数以上が邦訳されている。特に近年は、「知識の社会史・文化史」と呼ぶべき一連の研究を展開してきた。『知識の社会史』(二〇〇〇年)、『知識の社会史2』(二〇一二年)、『博学者』(二〇二〇年)と続く仕事は、近世以降、制度化された「科学」の外側で知識がいかに形成されてきたのかを、著者ならではの博識をもって描き出したものである。
そのバークが『博学者』の次に取り組んだテーマが「無知」であったことは、意外に思えるかもしれない。しかし、これは決して唐突な方向転換ではない。『知識の社会史2』にはすでに「知識を失う」と題する章があり、本書につながる関心の芽が見てとれる。また二〇二一年にはルーカス・フェルブルフトとともに、知識史の専門誌で「無知の(複数形の)歴史」という特集を組んでいる。無知を歴史学の主題に据える試みは、長らく準備されてきたのである。
では、なぜ無知なのか。そこには、「無知の爆発」とも言われる現代の状況とともに、バークのヒストリオグラフィー(史学史)への関心が反映されていると思われる。歴史学は長らく、知識が無知を打破するという進歩史観で歴史を描いてきたために、無知それ自体を歴史的対象として捉えてこなかった。本書は数年の準備期間を経て、そうした歴史学の課題に(他分野に遅れて)ようやく応える試みとして書かれたものである。
それゆえ、本書は無知の歴史の決定版というよりも、著者自身が述べるように、その最初の「大まかな見取り図」を提示することを目的としている。前半では無知という概念の研究史が整理され、さらに宗教、科学、地理などの諸領域で、どこ(誰)に・どのような無知が存在してきたのかが論じられる。後半では戦争、ビジネス、政治、災害(感染症も含む)などの事例を通じて、無知が社会にどのような結果をもたらしてきたのかが検討される。
本書から浮かび上がるのは、無知が単なる知識の欠如ではなく、しばしば権力や社会関係と結びついているという事実である。実際、無知はしばしば特定の集団に帰属させられてきた。女性、黒人、労働者などが「無知」な存在とみなされ、そのことが支配の正当化に利用された。知識を持つ者にとって、他者の無知はしばしば権力の源泉となる。そのため権力者は、自らに都合の悪い知識を隠蔽し、人々を無知な状態にとどめようとしてきた。
また、戦争や災害においては知らないことが命取りとなる。そのためにさまざまな技術――スパイ活動からリスク計算まで――が開発されてきたものの、多くの場合、もっともよく判断できる現場からもっとも遠いところにいるのが、意思決定者たちであった。「厄介なのは、権力をもつ者が必要な知識を欠く場合が多い一方で、知識のある者には権力がないということである」――本書を締めくくるこの一文は、本書の問題意識を端的に表現している。
それにしても、無知についてのバークの博識には圧倒される。古代から現代に至る世界各国の歴史はもちろん、文学、哲学、宗教から心理学や社会学に至るまで、さまざまな分野の膨大な知見が縦横無尽に参照される。註にもつい目を通したくなり、無知についてのこんな文献もあったのか、と驚かされることが少なくない。無知の歴史への格好の入門書であると同時に、無知研究の手引書としても非常に有益である。
もっとも、この点はバークの強みであると同時に、弱みでもあると思われる。その圧倒的な博覧強記ゆえに、著者自身の理論的立場が見えにくいのである。加えて、評者には本書が完全には進歩史観を脱しきれていないようにも思われる。特に後半で、歴史的失敗の多くの原因が(意思決定者の)無知に求められるとき、著者が現在の——より知識のある――立場から過去の「無知」を裁いているという印象が拭えない。本書が「世界中の教師、すなわち無知の治療に日々努力する勇者たちに」捧げられているように、結局は無知を克服することが重要だ、という教育的立場を強く感じざるを得ない。
とはいえ、本書がバークにしか書けない類の、重要な著作であることに疑いはない。今日、「無知」はかつてないほど大きな問題となっている。情報が足りないのではなく、むしろ情報が多すぎるゆえに、個々人の知りうる領域が相対的に小さくなっている点が問題を引き起こしているように思える。私たちは情報の海に溺れ、知ることを諦めるか、あるいは陰謀論や偽史によって「知ったつもり」になるかのいずれかに陥りがちである。そうした時代を生きる私たちにとって、本書は羅針盤とまでは言わないまでも、自らの位置を確認するための海図――そして、いつの時代も人は無知とともに生きてきたのだ、というある種の慰め(いや、諦め?)――を与えてくれる。
最後になるが、本書は一般読者のみならず、無知という主題を十分に取り上げてこなかった研究者に向けても書かれている。本書によって、無知研究の成果が歴史学のみならず、人文・社会科学のさまざまな領域に広がっていくことを期待したい。(岩井淳監訳、小田透・辻元諭・米山優子訳)(つるた・そうと=東北大学DEI推進センター特任助教・科学史・科学論)
★ピーター・バーク=ケンブリッジ大学名誉教授。オックスフォード大学で学び、ケンブリッジ大学で教鞭をとる。文化史研究の第一人者として知られる。著書に『イタリア・ルネサンスの文化と社会』『ヨーロッパの民衆文化』『ルイ14世』『知識の社会史』『文化史とは何か』『文化のハイブリディチ』『博学者』など。一九三七年生。
書籍
| 書籍名 | 無知の世界史 |
| ISBN13 | 9784815812379 |
| ISBN10 | 4815812373 |
