2026/09/25号 3面

司法とナチズム責任

司法とナチズム責任 熊野 直樹著 小野寺 拓也  本書は、著者がこれまでドイツ司法とナチズムの過去について執筆してきた諸論文を一冊にまとめたものだが、評者の見るところ、以下の三つが本書を貫く軸であるように思われる。  一つ目は、「実定法の安定か実質的な正義か」という問題群である。「公共の安寧・秩序」が保たれるのであれば、いかに憲法やその精神を毀損するものであったとしても「悪法もまた法なり」として容認されるのかどうか。よく知られているように、ヴァイマル憲法第四十八条は、緊急事態において、憲法が保障した基本的人権を停止し、事実上の立法権を大統領に与えることを可能としていた。しかもヴァイマル憲法では違憲立法審査権が明確に規定されておらず、その権限は事実上大統領にあるというのが、共和国後期の通説であった。となれば、大統領みずからが憲法に違反した場合には、これを止める術がない。実際、大統領ヒンデンブルクは二度にわたって国家非常事態計画を承認しているが、これは国会を解散して二度と召集しないというものであり、解散後六〇日以内に選挙を実施しなければならないという憲法の規定に、明確に違反していた。ナチ体制では、大統領緊急令によって基本的人権が停止され、全権委任法によって議会から立法権が剝奪された。さらにヒトラーの意志が「法源」とされ、これに逆らった裁判官、たとえば何ら法的根拠なく行われた「安楽死」作戦、すなわち障害者殺害を批判した裁判官は退職に追い込まれた。ヒトラーに対する悪口や落書きといった些細な行為に対しても、「国防力破壊」を理由に死刑判決が下された。しかもこうした「悪法もまた法なり」という認識は、戦後西ドイツの司法界において根強く残り続けた。法治国家の原理とは実質的な正義の実現を意味しているのだから、たとえ法律の外形を与えられたとしても不法は不法だという見解は、長らく受け入れられなかったのだ。  この問題と分かちがたく結びついているのが二つ目の軸、法曹界の政治性である。一九二三年のミュンヘン一揆に失敗したヒトラーは、共和国防衛法違反の反逆罪裁判にかけられたが、裁判長は「右翼のシンパ」であった。オーストリア人であったヒトラーは国外追放される規定だったが本国強制送還とはならず、他の裁判で執行猶予中であったことも無視され、五年(収監は一年強)の要塞禁固刑というきわめて軽い判決が下された。ヴァイマル期の司法は、反民主主義的・反共和国的であり、右派に寛大で左派に対しては厳しかった。だからこそ、裁判官たちの多くはナチ体制に積極的に迎合した。その大半は戦後西ドイツでも追放されることなく裁判官であり続けたため、西ドイツ司法の非ナチ化が完了するには、彼らがすべて定年退職を迎える一九八〇年代まで待たねばならなかった。  三つ目は、その過程で「司法権の独立」という観念が果たした役割である。一般的にこの概念は、司法が立法や行政から独立しており干渉を受けないという意味と、個々の裁判官が司法の内部で干渉を受けないという二つの意味で理解されるが、ドイツでは長らく、ほぼ前者の意味で利用されてきた。つまり、彼らの政治性に反する形で外部からの介入を受けそうになったり、彼らの政治的責任を追及されそうになったりすると、「司法権の独立」を盾にして自らを守る。だが、批判的な発言をする裁判官がいれば、長官の指示によって発言を制限されたり、懲戒処分を受けたりしたのである。他方、東ドイツでは「司法権の独立」そのものが保障されていなかった。ナチの裁判官は追放され、司法殺人も含めて徹底的に処罰される一方で、ナチ犯罪追及が政治目的に利用された。  現在、国会では緊急事態条項をめぐる議論が行われている。だがそれを運用するのは、政治家や法律家といった具体的な個人である。その個人がどのような政治性を帯びているかによって、運用は大きく左右される。ドイツ現代史が「尽きせぬ教訓」を今なお私たちに与えてくれると著者が述べる所以は、そのあたりにもあるのだろう。(おのでら・たくや=東京外国語大学教授・ドイツ近現代史)  ★くまの・なおき=九州大学大学院教授・ドイツ現代政治史・独亜関係史。

書籍

書籍名 司法とナチズム責任
ISBN13 9784798504049
ISBN10 4798504041