- ジャンル:歴史
- 著者/編者: ジョルジュ・デュビィ、ジャック・ル・ゴフ
- 評者: 河原 温
フランス中世都市
ジョルジュ・デュビィ監修/ジャック・ル・ゴフ編著/アンドレ・シェドヴィル、ジャック・ロシオー著
河原 温
都市の歴史は、人類の文明の歴史とともに古い。ユーラシア大陸では主要な古代文明の核には都市が存在し、宗教、政治、経済、文化などの様々な領域で生じる問題群が都市において集中的に現れた。都市という場は、人とモノをめぐる多様なコミュニケーションの空間であり、固有の文化と社会の本質を反映している。ヨーロッパの都市の歴史についてみるならば、これまで中世都市は、ヨーロッパの近代文明ないし近代市民社会を生み出した祖型として位置づけられ、非ヨーロッパ世界の伝統都市とは区別された歴史的意義を付与されてきた。中世都市民が得たとされる「自由と自治」にもとづく法的共同体としての発展が19世紀後半以降の近代ヨーロッパ社会においてとりわけ強調され、ヨーロッパの中世都市は「近代都市」誕生の苗床とみなされてきたのである。しかし、20世紀後半以降、前近代ヨーロッパ都市史研究の流れは、フランスのアナール派歴史学や隣接する地理学、社会学、人類学などの諸科学の影響をうけ、大きく変化してきた。すなわち前近代(中世・近世)の都市を近代都市の「原型」として位置づけるのではなく、前近代という固有の時代的文脈のなかで都市が果たした歴史的役割とその都市現象の独自性を再検討しようとする方向性である。
本書は、そうした視座に立ち、アナール派歴史学の第三世代を代表するジャック・ル・ゴフを中心にまとめられたフランス中世都市論である。もともとは、ジョルジュ・デュビィ監修で企画された叢書『都市的フランスの歴史』全5巻(1980年刊)のうちの第2巻を構成し、その後叢書から独立して1巻本として1988年に再刊された。
本書では、カロリング期から1530年までの中世フランス都市の歴史が3部に分けて扱われる。ル・ゴフがその序文で述べているように、本書の基本的視座は、中世フランスの「都市空間における文化の役割」を様々な人的、社会的視点から示すことを目指したものである。まずアンドレ・シェドヴィルによる第1部「古代都市から中世都市へ(1000~1150)」では、南北フランスにおいて古代ローマ以来の都市的伝統が部分的に継承される中で、司教座や修道院、領主の城塞等を核とする新たな人口集住体としての都市的場(ブルグス/ブール)が各地域で多様な形態をとって現れてくる様態が語られている。さまざまなブールの住民として「ブルジョワ」という新たな都市住民の呼称が1050年以降知られるようになり、商人や職人、領主の役人といった様々な人々から構成される「都市民」(ブルジョワ)の原型が生み出されていったという。12世紀半ば頃までにフランスにおいて形成された都市的世界は、何よりも住民同士の誓約を通じて地域の平和を維持し、住民間の連帯と相互扶助にもとづく社会秩序の構築を目指すものであった。歴史上〈コミューン運動〉として知られる都市住民の自治権獲得運動は、北フランスでは王権による保護の下で一定程度実現したが、そのプロセスはきわめて多様であったことが指摘される。
ジャック・ル・ゴフによる第2部「中世盛期のフランス都市(1150~1330)」は、本書の白眉をなしている。12世紀半ばから14世紀前半にかけてフランスでは、都市化現象が頂点に達し、都市を中心とする経済活動の高まりのなかで、中世都市社会が本格的に形成された。都市人口の増加を背景に、市壁と市門の構築による聖なる空間の形成、教会、市場、広場、街路、小教区、街区などからなる都市の内部空間の生成、そして市庁舎、大学、教会、同職組合組織などを連帯の核とした都市住民の独自のアイデンティティ形成が見られた。しかし、何よりル・ゴフが強調するのは、中世フランス都市が封建制という領主による支配システムと「共生」(シンビオーズ)していた点である。商人や職人により構成された都市共同体は、自律した組織である以上に王権や教会・修道院をはじめとする領主制(封建制)的システムのなかで保護と特権を通じてその活路を見出していった。かつて中世都市は、封建制とは異質な「自由と自治」の場とみなされてきたが、中世フランスの歴史的プロセスにおいて都市は、王権の強力な支配のもとで統御され、〈優良都市〉(ボンヌ・ヴィル)として王権に服したのである。ル・ゴフは、中世盛期の時代に都市の「ブルジョワ」が手に入れかけたものとして「富」、「政治的独立性」、そして都市の「新しい文化」を挙げている。これらは、14-15世紀の社会的危機の時期を経て、近世の時代へと継承されていったという。
ジャック・ロシオーによる第3部『危機と転換(1330~15309)』は、気候不順、ペストの流行、人口減少、百年戦争の戦乱といった中世後期の社会変動の中での都市の変容を扱う。中世後期の都市では、社会内部における富の格差の拡大、過酷な税負担に対する民衆反乱、市政改革をめぐる様々な党派の対立など都市内部の不和と対立が生まれるなど不安定な時代を迎えていたが、多様な社会層からなる都市民は、信心会(コンフレリー)、同職組合(メティエ)、若者組など水平的な絆を通じた社会的結合のネットワークを形成し、連帯と緊張、統合と排除が日常的に交差する都市社会において彼らのアイデンティティを確立していった。とりわけこの時期に、都市では自らの過去の歴史を編纂し、盛大な市民祭の開催を通じて彼らの集団的記憶を定着させる試みが盛んになった。それは都市民たちにローマやエルサレムといった古代都市の過去の偉大さを想起させ、都市の〈古さ〉と〈高貴さ〉、市民の〈名誉〉と〈誇り〉を喚起したのである。祭りには過去と現在、未来のすべての都市の栄光が凝縮されていたとロシオーは述べている。16世紀に入ると、フランスの都市は王権による支配の強化のもとで特権と義務を果たす〈優良都市〉として機能する中間団体となっていく。都市は、支配力を強めた君主制の下に服しながらも、君主制の土台としてその威信と活力を高める役割を果たした。
ヨーロッパの中世都市を扱った翻訳書は、これまでにもH・ピレンヌの『中世都市』、E・エンネンの『ヨーロッパの中世都市』などすでにいくつも出されている。しかし、本書は、中世のフランス王国に焦点を定め、王権(君主)と都市の支配・被支配の関係を軸としつつ、独自の政治的、文化的、宗教的空間をつくりだしたフランス中世都市のありようを豊富な史料と研究成果をもとに再構成している点で読み応えがある。
翻訳については、全体として読みやすいが、中世フランス史の歴史用語や人名表記に関して気になる箇所が散見した。なお訳者の判断で、本書には図版(写真、グラフなど)がすべて割愛されているが、都市について語られる本書であればこそ、読者の理解のために、数点(例えばパリやアヴィニョンなどフランスの主要な中世都市図)でも掲載すべきだったのではないか。都市の歴史は人間の歴史であるとともに何よりも人間の生きた「場」、「空間」の歴史だと考えるからである。(桐村泰次訳)(かわはら・あつし=放送大学特任教授・西洋史・都市史)
★ジョルジュ・デュビィ(一九一九―九六)=コレージュ・ド・フランス教授。
★ジャック・ル・ゴフ(一九二四―二〇一四)=パリの高等研究院教授。
★アンドレ・シェドヴィル(一九三五―二〇一〇)=レンヌ大学で中世史学を教える。
★ジャック・ロシオー=リヨン市史、ローヌ川水運史を研究。
書籍
| 書籍名 | フランス中世都市 |
| ISBN13 | 9784846025151 |
| ISBN10 | 4846025152 |
