2026/06/26号 5面

死ぬまで生きる日記

〈書評キャンパス〉土門蘭『死ぬまで生きる日記』(渡辺一花)
書評キャンパス 土門蘭『死ぬまで生きる日記』 渡辺 一花  人は誰しも生きていれば、一度は「死にたい」と思ったことがあるのではないだろうか。「死にたい」とまでは思わずとも、日常から「逃げたい」と思うことや「辞めたい」と思ったことがある人はいるだろう。私もそのうちのひとりだ。本書は著者が20年以上抱える死にたい気持ちに、カウンセラーと共に向き合ったカウンセリングの記録である。私が本書を手に取ったのは、私自身が死にたいと強く思ったことがあるからであり、私のように考える他者の気持ちについて知り、自分だけではない、と安心したかったからである。  著者が日常を過ごしていると、毎日欠かさず死にたい気持ちが押し寄せてくる。それはまるで発作のように突然訪れる。だからといって、行動に起こすことはしない。著者は静かにその気持ちが収まるのを待つのである。その気持ちと向き合うために著者はオンラインカウンセリングを受けることにする。  本書はエッセイ形式であり、カウンセリングの記録の後に、著者の内省や心情の変化といった構成で展開される。ページを読み進める度に、著者の情動がダイレクトに伝わり、私は何度涙を流したのかわからない。  しかし、それだけではない。私は本書を通して、カウンセリングについてよく知ることができたように思う。著者がカウンセリングを受けていくなかで、カウンセラーが著者の理解者として、対話を行っていく。そのなかで、核心を突くカウンセラーの鋭い質問力、著者自身の気持ちを観察する洞察力、その二つが合わさって、まるでカウンセリングを傍で聴いているかのような感覚があった。  私が一番印象に残っている言葉は「『解決しよう』と思わなければ、問題は問題ではなくなる」である。この言葉は「死にたいと思うと死にたい気持ちをなくしたいと考える」と話す著者に対して、カウンセラーが話した一言である。日常生活を送る上で死にたいと思うことを問題だと捉え、解決しようとしてしまう著者に対して、解決しようとしないことを提案したのである。この言葉を受け、著者はとても驚いたが、納得できた。そして、解決しなくてもいいと思うことで、問題は事象になると気づいた。  私はこの言葉の意図を理解したとき、どんな悩みにも通ずる言葉だと感じた。問題を問題だと捉えないということは、その問題を受け入れることだ。例えば、就職活動を行っている上で、内定がもらえない状況があったとする。内定がもらえないことを問題だと捉えるのか、受け入れるのかという話である。問題だと捉える人は多いのではないだろうか。それは受け入れるのが困難であるように思えるからだ。  しかし、受け入れることは一見困難なように見えて、困難ではないのかもしれない。なぜなら、受け入れるということは問題を解決するための努力から、自分を解放することだからだ。つまり、今までやっていたことをしないことなのである。もちろん、自分を解放する過程で時に苦しくなることもあるだろう。しかし、今まで問題解決のために使っていた時間をゆっくりと自分のことを見つめる時間に使うことができるのではないかと思う。  私はそういった本当の自分を受け入れる素晴らしさを本書から学んだ。カウンセリングに興味のある人だけでなく、問題を解決しようと努力することが苦しいと感じる全ての人にぜひこの本を薦めたい。本書は私にとってのお守りのひとつである。  ★わたなべ・いちか=大阪国際大学人間科学部3年。趣味は友だちの誘いに乗ることです。友だちは私のことを思いがけない場所に連れて行ってくれる存在だと思っています。

書籍

書籍名 死ぬまで生きる日記
ISBN13 9784910790091
ISBN10 4910790098