- ジャンル:民俗学・人類学・考古学
- 著者/編者: 禪野美帆
- 評者: 山越英嗣
メキシコ市に取り込まれた先住民村落
禪野 美帆著
山越 英嗣
本書は著者がメキシコ市を2002年から2023年のあいだに複数回にわたって訪れ、緻密なフィールドワークを重ねることで得られた良質な民族誌である。著者がそこで目にしたのは、都市部の拡大や行政区分の変更によって、都市の内部に取り込まれていった先住民村落にルーツを持つ地区の存在であった。こうした地域はスペイン語でプエブロス・オリヒナリオス(元から存在する村)と呼ばれ、2018年の政府による統計調査で187の存在が確認されている。著者は調査のために、そのうちの30地区を訪問している。学術分野におけるこうした旧先住民村落への注目は遅く、先行研究は1990年後半になるまで現れなかった。
プエブロス・オリヒナリオスには、ナティーボ(地元民)やオリヒナリオス(元来の住民)を自称する人々が住んでいる。このような自称=アイデンティティが生まれた背景には、同地区への外部からの流入者があるためだ。近隣地区の開発や交通網の整備により地価や固定資産税が高騰すると、ナティーボやオリヒナリオスのなかには土地を手放す者が現れる。そうした地域には富裕層も流入し、地区の風景は刻々と変化している。もっともかれらのあいだに祭礼やミサなどの場面を除いて日常的な交流はなく、いわばパラレルワールドのような状況が生まれている。
植民地時代からの歴史のあるカトリック教会の祭礼の仕切りや、墓地や森林、水資源の管理は、ナティーボやオリヒナリオスたちが主導し、活躍する場だ。しかしながら、とくに墓地や資源の利用にあたっては、行政や外来者との衝突も生じる。興味深いのは、そうしたさいにナティーボやオリヒナリオスたちが取る戦術である。かれらはメキシコにおいて貧困や無知のイメージと結びつき、差別を受けてきた「弱者」を指すため、ふだんは決して自称しない「先住民」というアイデンティティをもちだすのである。そしてかれらはメキシコ合衆国憲法2条に保障されている「自治」や「慣習法」などを根拠として結束し、ときにFacebookなどのSNSを駆使して社会運動を起こし、資源利用の優先権を主張する。こうしたことは、カトリック教会と守護聖人への強い信仰や、村落の墓地に埋葬されたいという譲れないこだわりによるものであると著者は考察する。
しかし著者の慧眼は、ここにとどまらない。祭礼やナティーボやオリヒナリオたちは決して一枚岩ではなく、内部には分裂、敵対、不信が渦巻いているのだ。というのも、「自治」や「慣習法」は各村で決められるのが実情であり、その内容は恣意的なためである。たとえば、ある人物がカトリックの祭礼組織に貢献してこなかったなどの理由で条件を満たしていないと判断された場合は、周囲の者たちから墓地への埋葬が拒否されてしまうことも起こりうる。こうした状況には、プエブロ・オリヒナリオスに居住する者同士のあいだで排除が生じ、妬みや怒りといった感情が生まれるのだろう。メキシコにかぎらず先住民研究者の多くは、先住民を社会的に弱い立場にある者として擁護し、かれらを抑圧する国家や外部権力との闘争を描くことに注力してきた。しかしながら、じつはそれは一面しか見ていない。もちろんそうした構図で分析を行うことは重要ではあるが、私たちは外部権力との闘争が先住民(ナティーボやオリヒナリオ)側の多様な利害関係との相互作用の結果として生じていることを忘れてはならない。こうした共同体内部の多様性を描き出そうとする視点は、著者がオアハカ州のサン・マルティンとそこからの移住者を対象に行ったフィールドワークを描いた前著にもみられる。利害関係が複雑に交錯する共同体内部を明らかにするためには、調査地の人々との信頼関係の構築と、粘り強い情報収集が欠かせない。そうした観点からも、本書は著者の優れたフィールドワークの力量が遺憾なく発揮された良書といえよう。(やまこし・ひでつぐ=都留文科大学教授・文化人類学)
★ぜんの・みほ=関西学院大学教授・文化人類学・都市人類学・メキシコ先住民研究。著書に『メキシコ、先住民共同体と都市』など。一九六四年生。
書籍
| 書籍名 | メキシコ市に取り込まれた先住民村落 |
| ISBN13 | 9784862834133 |
| ISBN10 | 4862834132 |
