中世絵画物語論
小峯 和明著
石井 正己
かつて著者の『院政期文学論』(笠間書院、二〇〇六年)、『中世法会文芸論』(笠間書院、二〇〇九年)を手にして、浩瀚な書物が続いて刊行されたことに驚いた。ここにまたそれらに匹敵する一冊が生まれたが、本書の場合は一九八五年から二〇二三年までに書いた長短四九編の論考を収録する。前の二冊以上に、長い時間をかけてこつこつと書き継いできた労作だと言っていい。
思えば、一九八〇年代、歴史や文学の研究で対象の拡大を図る中で、絵画や絵解きが注目された。一九九〇年代になると、各分野で海外調査が始まる。著者は国文学研究資料館でアイルランドのチェスター・ビーティー・ライブラリーの調査に携わる。その中だけでも伝本の比較が可能なほど豊富な絵巻に出会って、「絵巻狂い」に陥った。立教大学転任後はアメリカのスペンサー・コレクションの調査にも関わった。
こうした動きに先立って『日本絵巻物全集』や『日本絵巻大成』が刊行され、居ながらにして貴重な絵巻を見る環境が生まれた。詞書と絵画からなる絵巻を、美術史はもちろん、歴史や文学でも研究することが可能になった。著者の場合、そうした複製を見るだけでなく、海外調査で実物の絵巻に触れる機会を得る。その結果、善本を評価する芸術主義を批判し、模写を含めた伝本にはそれぞれ独自の価値があるという認識を深める。
著者がそう考えるようになった機縁は、チェスター・ビーティー本の『十二類絵巻』との出会いにあった。チェスター・ビーティー本は、京博本の松と紅葉を美的な構図に改め、紅葉を狸の合戦装束の意匠にした。画中詞は中世語を含む雑談の世界を示し、語り手が不在の書かれた絵解きになっていた。登場する野生動物たちは個別の土地と結び付くことにも気づいた。こうした出会いを通して、絵巻を読むおもしろさに取り憑かれたようだ。
加えて、スペンサーB本の『百鬼夜行絵巻』との出会いもあった。スペンサーB本は国会本とともに詞書を持つが、それは後から付け加えられている。その詞書を見ると、『平家物語』の福原遷都後の荒廃する京都に設定していた。これを描いた冷泉為恭は幕末の復古大和絵派の絵師であり、彼らは怪異図を得意にした。こうした気づきを重ねて、最も古い真珠庵本だけで『百鬼夜行絵巻』を論じるのでは意味がないと考えたにちがいない。
一方で、著者が早くから取り組んできたのは王道をゆく絵巻だった。本書では批判や新説を受け止めつつ新たな読み方を開陳する。『伴大納言絵巻』は御霊となった伴善男を描いた絵巻、『鳥獣戯画』は動物たちの楽園の崩壊を描いた絵巻、『信貴山縁起絵巻』は東大寺の大仏と大仏殿の復興を描いた絵巻だと論じる。さらに、『華厳宗祖師絵伝』は高山寺の明恵が義湘と元暁の伝記を描いた絵巻、『東征伝絵巻』は極楽寺の忍性が鑑真の伝記を描いた絵巻、『玄奘三蔵絵』は興福寺の依嘱で高階隆兼が描いた絵巻だと続く。
そのようにして絵巻の総体を論じるだけでなく、絵巻の中に描かれた要素にも着目する。『石山寺縁起絵巻』『春日権現験記絵』では夢見の場面が変化すること、『天神縁起絵巻』の石榴天神は豊穣や火炎のイメージを持つこと、『酒飯論絵巻』は言葉と食事の饗宴を描くこと、『百鬼夜行絵巻』の扇と如意は説教の必需品であること、『酒呑童子絵巻』の神変鬼毒酒には両義性があることなどである。それぞれの指摘は納得されるが、個々の論点は一様でなく、それらをどのように系統化するかは今後の課題として残る。
私自身の研究との関係で言えば、王朝物語の絵巻がある。奈良絵本などと比べれば、国宝『源氏物語絵巻』が特別扱いされてきたことは間違いないが、だからと言って視野の外に置いてよいかどうか。例えば、『義経地獄破り』の各所に描き込まれた修行者はこの物語の語り手の姿だと論じる。だが、『源氏物語絵巻』を見ると、ストーリーと関係のない女房が立ち聞きや覗き見をする姿があちこちに描き込まれていて、これも語り手の姿ではないかと思われる。やはり、王朝物語の絵巻までも包括する絵画物語論が望まれる。
また、『桃太郎絵巻』の読み取りも気になる。この絵巻には詞書がないが、それは誰もがよく知るからだとして、立教大学図書館本の各画面を説明する。桃を持ち帰る婆がすでに若返っていることに違和感を抱くが、近世の赤本を見れば、その画面はなくても、婆が桃を食べた結果であることは自明だろう。詞書がないのは、口頭の語りに依存するというよりも、赤本以来の草双紙の知識によるものと考えられる。
本書の指摘は実に多岐にわたるが、山本聡美が「解説 〈絵画物語論〉が拓く新しい風景」で、それらを的確に評価している。だが、美術史研究の立場から、伝本に序列を置かない見方に強い違和感を表明してもいる。憂慮されるのは、欧米の図書館や美術館の日本担当者が減員されている状況である。著者は「イメージ・データベースセンター」や「電子絵引」の必要性を説くが、その実現は容易ではないだろう。
これまで著者は、欧米の資料による絵巻研究と並行して、東アジアの漢字漢文文化圏における説話研究を行ってきた。本書では、メトロポリタン美術館の中国の絵巻や韓国江原道・安政寺の絵解き、合戦物語を描くフランスのタピスリーにも触れる。そうした数々の気づきを積極的に取り込みながら、世界の研究者を巻き込んで、絵巻研究と説話研究を総合する展開が期待される。本書の随所で説くように、研究は端緒についたばかりである。(いしい・まさみ=東京学芸大学名誉教授・日本文学)
★こみね・かずあき=立教大学名誉教授・日本古典文学・東アジア比較説話。著書に『世界は説話にみちている』『予言文学の語る中世』『説話の言説』など。一九四七年生。
書籍
| 書籍名 | 中世絵画物語論 |
| ISBN13 | 9784868030317 |
| ISBN10 | 4868030310 |
