青島 忠一朗著『アッカド語文法』を読む
中田 一郎
ようやく日本語で書かれたアッカド語文法の本格的な教科書が出版された。素晴らしくよくできた教科書である。2024年12月にリトンから出版された本書は、初刷りの冊数はわからないが、わずか3ヶ月たらずで売り切れてしまったと伺っている。その間に残念ながらリトンの社主が病に倒れ、リトンは閉社のやむなきに至ったが、幸い第2刷が2026年4月にヨベル社から出版された。本書評はヨベル社版に基づいている。
長い間アッカド語の文法書と言えばドイツ語で書かれたものしかなかったが、1980年になって英語で書かれたカプリスの『アッカド語入門』が出版され、その後何度か改訂されて英語圏では標準的なアッカド語の教科書となっている。この入門書には章ごとに練習問題がついており、非常に便利である。青島氏の『アッカド語文法』は、「前書き」で述べられているように、カプリスの『アッカド語入門』を底本としている。両書とも初心者を対象とした入門書であるが、青島氏の『アッカド語文法』の方が詳しく説明されているところがあり、練習問題に出てくるアッカド語の語彙数もかなり多い。
『アッカド語文法』では、最初の3課でセム語の一つであるアッカド語と楔形文字についての基礎的な説明がなされた後、名詞、形容詞、前置詞などの説明があり、次いで29課にわたって強動詞(いわゆる規則動詞)や弱動詞(いわゆる不規則動詞)およびシンタックスなどについて説明されている。第4課からは各課に新出の楔形文字、シュメログラム、単語の紹介があり、練習問題が付されている。第33課は講読テキストで、ハンムラビ「法典」、ギルガメシュ叙事詩、「エサルハドン王位継承誓約書」および新アッシリア時代の王碑文などが、ごく一部ではあるが読めるようになっている。最後に、「アッカド語をさらに勉強したい方のために」と題する一文と補遺およびシュメログラム一覧などが付いている。また各課の練習問題の解答が巻末に付されていて大助かりである。ちなみにカプリスの『アッカド語入門』では各章に練習問題が付いているが、解答は付されていない。
青島氏の『アッカド語文法』では、アッカド語特有の(ドイツ語や英語の)文法用語が日本語に直されていて初心者にはありがたい。補遺3の「文法用語の一覧」からは文法用語の日本語化に際しての青島氏の苦心の程が偲ばれる。青島氏は2018年から東洋英和女学院大学の生涯学習センターでアッカド語を教えておられるとのこと、氏の『アッカド語文法』はその貴重な経験に裏打ちされたものでもあることを強調しておきたい。
誤植などはほとんど見つからなかったが、19頁下から6行目のHI.AはḪI.Aの誤植。170頁の下から2行目の198条の楔形文字ではùluに当たる楔形文字2文字が欠けているが、これは意図的に省略したのだろうか(171頁の198条の翻字を参照)。また、154頁の新出楔形文字欄のシュメログラムAGA.UŠに対する楔形文字欄には、GÍNではなくAGA(ボルガーのZeichenlisteのNo.347)が記されるべきであろう。155頁の下から4行目および214頁左の5行目も同様である。
メソポタミアの人々は生乾きの粘土板を書材として利用した。粘土板は乾燥すると石のように硬くなり腐敗することはない。火事や戦火に見舞われても、逆に焼成され永久保存が可能になった。文字資料の豊富さという点で、古代文明の中でもメソポタミア文明は極めて特異である(加藤好郎他編『書物の文化史』、丸善出版、2018年、68―78頁の拙文参照)。評者としては、青島氏の『アッカド語文法』がきっかけとなってメソポタミア文明に興味を持つ人々がもっともっと現れるよう願っている。(なかた・いちろう=中央大学名誉教授・元古代オリエント博物館館長)
★あおしま・ちゅういちろう=東洋英和女学院大学生涯学習センターほか非常勤講師・古代メソポタミア史。
書籍
| 書籍名 | アッカド語文法 |
| ISBN13 | 9784911054796 |
| ISBN10 | 4911054794 |
