2026/05/22号 3面

〈水俣の学び〉と歴史教育

〈水俣の学び〉と歴史教育 小川 輝光著 川尻 剛士  本書は、神奈川学園中学高等学校でおよそ20年にわたって教師として高校生とともに水俣病の歴史を見つめ続けた著者の教育実践の試みを基礎に実践的研究として取りまとめた総括の書である。本書の装丁写真はかつて「生ける人形」とも呼ばれた病床に横たわる一人の胎児性患者の少女で、虚空の奥を凝視している。水俣病史に息づくこうした眼差しに著者は教師として真摯に眼差しを返し、彼女らの視線の先にある今を生きる者たちへの問いの数々を高校生たちと考えてきた。折しも今年は水俣病公式確認70周年であるが、この年に「歴史教育」の名を冠する一冊が上梓されたことに評者は水俣病史のひとつの到達をみる。  本書では「人びとが経験してきた水俣病を学ぶことを通じて、歴史を学ぶとはどのようなものかを明らかにすること」を目的として、具体的には「子どもが歴史を自分のものとしていく過程の解明」と「社会と教室をつなぐ新たな歴史教育の理論を提示する」試みが、著者自身の教育実践の分析を中軸とする実践的研究として展開される。だが著者の実践分析は、現地水俣での「水俣病をめぐる学習史」――「〈水俣の学び〉」の生成史――を跡付けた上で、それが自らの実践の前提にあるとするところから出発する。ここに本書の白眉がある。どれほどの実践的研究が自らを取り巻く歴史―社会的な文脈に自覚的だろうか。著者自身の水俣への深い洞察があって「教室と社会をつなぐ」(本書副題)が建前ではなく確かな屋台骨として機能している。  著者が「教室と社会をつなぐ」という際に本書で一つの鍵概念となるのが〈水俣の学び〉である。著者は60年代後半に誕生した「加害/被害関係」の学習に軸を置く「水俣病事件学習」を「公害教育」と捉え、70年代以降のその制度化期における「風化状況」を変容させたのが80年代半ばに現地で生じた〈水俣の学び〉であるとする。すなわち「水俣病事件学習」にとどまらない「水俣病が投げかける問題を、現在の社会でも共通する普遍的な課題に引き付けながら学んでいく水俣病学習、教師と生徒の生き方の問題として捉えていく水俣病学習」である。そして著者はこれを自らの教室にも引き込んだ。だが著者は教室でのみ〈水俣の学び〉を実践してきたのではない。著者の実践は現地訪問を含む授業「フィールドワーク水俣」(通年)を基盤とし、本書ではその中での生徒の学習過程の断片が活写される。「どのような問題でも、その先では生身の人間が生きているということだ」という深い実感に至った生徒の最終レポートが印象的だった。他方で「水俣病は仕方なかった」との理解に終止する生徒にも思考を巡らせたい。「先生はすぐ自分の課題として受けとめろと言うけど、水俣病事件なんか自分の課題になるわけないんだよ」と喝破した支援者を評者は知っている。まず問われるべきは大人の側なのかもしれない。  読み終えて3つの問いが浮上した。第一に、著者はなぜ〈水俣の学び〉を教室に引き込んだのか。著者自身の水俣や生徒とのかかわりのオートエスノグラフィー――「教室と社会をつなぐ」ドラマ――を読みたい。その背景や前史としての神奈川学園の学校文化も今後は研究対象になるのではないか。第二に、水俣と教室を同じ〈水俣の学び〉と括ることで、両者の差異や両者をつなぐ著者自身による〈教育〉化の過程(バーンスティン)が見えづらい。「教室と社会をつなぐ」稀有な実践の解明には、これらの精緻な検討が必要ではないか。第三に、著者が「公害教育から〈水俣の学び〉へ」と捉えていることだが、「公害教育」それ自体をもう廃棄すべきなのだろうか(なお本書では「公害教育/公害学習」「環境教育/環境学習」についてきわめて独自な定義[64頁・注1]がなされている)。むしろ評者には「公害教育」実践の質的変容として捉えたほうが良いのではと思われる。  最後になったが、「昼間」は生徒たちと誠実に向き合い「夜店」で自らの実践の省察を継続し、最終的に学術世界へと位置づけた著者の並大抵ならぬ努力に心からの敬意を表したい。本書は教師が研究者として生きることの重要性を教えてくれるとともに、多くの教師を励ます一冊であるに違いない。著者は本書の刊行に前後して今度は教員養成大学に職場を移している。著者がこれからどのような教師を育ててゆくのかにも注目したい。(かわじり・つよし=山口大学助教・環境教育学)  ★おがわ・てるみつ=都留文科大学准教授・社会科教育学。著書に『3・11の水俣/MINAMATA』など。

書籍

書籍名 〈水俣の学び〉と歴史教育
ISBN13 9784881161210
ISBN10 4881161210