マサニエッロの反乱
倉科 岳志著
林 孝洋
本書はイタリア現代思想史、特にベネデット・クローチェの研究者の手になる歴史書であり、主題は近世ナポリ王国で生じたマサニエッロの反乱である。わずか10日ほどで幕を閉じるこの反乱から始まる一連の蜂起には、ナポリ王国史を理解するための重要な要素が散りばめられている。それら歴史の欠片を丁寧に集め、史料批判を行いながら再構築し、時にナポリ民衆の心性にまで鋭く切り込むようなミクロな視点と、ナポリ王国の構造や近世ヨーロッパの国際情勢、そして歴史の普遍性といったマクロな視点を往還する力作であった。著者の歴史を紡ぐ手腕を遺憾なく発揮した研究書として、日本のイタリア史研究において重要な位置を占めるであろう。それだけにとどまらず、この反乱が近代的な意味と同一ではないものの「革命」としての性質を帯びる可能性についての議論は非常に興味深く、豊富に含まれる思想史的分析も相成り、イタリア史を越えて近世の国政論の文献としても影響をもつことが期待される。以上の総評を踏まえて、以下では具体的な内容を紹介していく。
まず序章における先行研究の丁寧な咀嚼が、マサニエッロが主導した反乱を「興味深い物語」へと矮小化することを防ぎ、学術書としての価値を高めている。第1章と第2章ではナポリ王国の統治構造や都市ナポリの政治的・社会的状況が概観されたのち、「国家理性」の思想的影響を受けつつ王国の構造改革を推進した主体を追うことで、マサニエッロの反乱の背景が理解できる。ナポリ市民の声を拾うことなく改革に蓋をするスペインとその指示に盲従し保身に走る貴族層、ナポリ市民からの搾取、市内における教皇庁とスペイン王権の権力争い、政体論を語る知識人たちのアカデミー、このような諸条件が絡み合いナポリの改革論議は大きなうねりとなっていた。同時代人の肉声を拾い上げ、反乱を追体験するような筆致で描かれる第3章では、いよいよマサニエッロの反乱の全貌が明らかになる。ナポリの厳しい財政状況を生きる下層民たちを襲ったのは、斜陽のスペイン帝国を支えるための間接税導入であった。自然災害によっても脅かされた生は、彼らの命を繫ぐ食物への課税によって風前の灯火になった。間接税を廃止し生存を回復させるため、魚売りであったマサニエッロは立ち上がり、民衆は彼に追従した。結果として、マサニエッロは一時的に副王と比肩するほどになり、民衆の生の要求は実現に近づいたものの、マサニエッロは不遇の死を遂げる。第4章では、マサニエッロの死により反乱が大きな政治変革を求める動きへと昇華する様相を描く。マサニエッロの死後、スペインの武力行使に対して徹底的な抗戦をみせた市民は和平ではなく、フランスの保護下での共和国化を目指し、ナポリ共和国が発足する。ただし、この共和国化は宗教や王権からの抜本的訣別ではなく、伝統的イデオロギーに基づき実施された。最終的に内部不和やスペイン軍の攻撃により同共和国は短命の内に崩壊し、一連の反乱は失敗に終わったが、この出来事は知識人たちの間に「悪政」に対しては被支配民の「忠誠」は留保されるという反乱の記憶を刻み込んだ。民衆にとって「生存」を脅かされることは、暴力を行使する行動原理になることが立場を越えて共有されたのであった。
ナポリ王国の歴史を現在の国民国家を前提として「イタリア史の一部」として描くのではなく、ナポリ王国史として描ききったこの本を読んだとき、まさに著者が研究対象とするクローチェの「統一以前にはイタリア史は存在せず、そこにあるのはトスカーナ大公国史やナポリ王国史などの諸国家の歴史である」という言葉を想起した。一次史料に依拠した学術書としての意義もさることながら、ナポリの諺の引用、民謡の解読、聖人信仰に対する解説など、専門外の読者への目配りも忘れない著者のバランス感覚により、アカデミアを越えて広範な読者が獲得されるであろう。(はやし・たかひろ=愛媛大学文学部講師・西洋史)
★くらしな・たけし=京都産業大学教授・近現代イタリア思想史。著書に『クローチェ1886―1952』『イタリア・ファシズムを生きた思想家たち』など。
書籍
| 書籍名 | マサニエッロの反乱 |
| ISBN13 | 9784623100286 |
| ISBN10 | 4623100286 |
