2026/05/22号 4面

教育と政治を編み直す

教育と政治を編み直す 髙宮 正貴・市川 秀之・杉田 浩崇編著 樋口 大夢  本書は、二〇一六年に同じく勁草書房から刊行された小玉重夫の『教育政治学を拓く――18歳選挙権の時代を見すえて』を批判的に読み解くことから始まる。この小玉の仕事は、近年の教育哲学における教育学と政治学を接合させる試みの「代表的な事例」として本書の中で位置づけられる[一頁]。その上で、本書は、この小玉の仕事における「規範の正当化に関わる問題」と「小玉のアレント解釈の問題」を提起することを通じて[三頁]、「教育をめぐる「べき」や望ましさについての規範を導き出しつつも、その規範を問い直し、批判するための「規範的教育学」を構築」するという課題を掲げる[六頁]。この課題に応答するために本書では、「正義、生政治、人間形成という三つの問題領域」を設定し[六頁]、総勢一四名が多種多様で魅力的な議論を展開する。以下では、紙幅に限りがあるため通常の書評のような各論を詳細に検討する仕方ではなく、本書全体を貫くと筆者が考える「(政治的)主体」をキーワードにして三つの問題領域を概観することにしたい。  第Ⅰ部「正義」では、「(政治的)主体」の形成と深い関係にある、価値多元性を視野に入れた「教育の正義論」が検討の対象になる。この「教育の正義論」の観点から論じられる「規範」は、教育制度や教育政策に関する議論で活用されることを通じて[第一章~第三章]、単一ではなく多様な「(政治的)主体」のあり方を可能にする議論を拓く。そして、この「規範」は、プラグマティズムにおける「可謬主義」の視点を組み込むことで常に修正を図ることが可能となる[第四章]。しかし、いくら「規範」がその構成原理に価値多元性を含みこんだり、あるいは、常に自らの修正を図ったりしても、それに基づく教育による統治と「生権力」の相性の良さは見過ごせない。第Ⅱ部「生政治」の各章はこの点を鋭く指摘する。その上で、各章は、こうした教育が逆説的に生じさせる「(政治的)主体」形成の綻びを丁寧に描き出す。そして、この綻びにこそ「生権力」を揺るがす可能性をみてとる[第五章~第九章]。第Ⅲ部「人間形成」ではこの可能性を多様な観点から追究する。ここでは、教師による「教え」・教育における「である」論理/価値・ケアの営みが有する逆説的な性格を考察すること[第十章~第一二章]、あるいは、近年注目されている「エージェンシー」を政治理論との関係で読み解くこと[第一三章~第一四章]に各章は取り組む。そして、この取り組みの観点から各章は、「(政治的)主体」形成の綻びの機制を解き明かすことに挑戦する。これら全一四章を通じて本書は、「近代政治学が不問にしてきた「教育的なるもの」、言い換えれば政治的主体の成立条件から政治そのものを捉え返す」視座の獲得を試みるのである[三三九―三四〇頁]。  以上が「(政治的)主体」に着目した筆者からみた(かなり強引な)本書の概略となる。「(政治的)主体」に着目したがゆえに切り落としてしまった多くの魅力的な議論が本書にはある。「規範的教育学」構築の成否を含め、読者諸氏で確認されたい。ここで、本書の最大の功績(と筆者が考える点)について述べる。それは、本書が、教育と政治をめぐる様々な問題に応答を試みる従来の研究ではあまり力点が置かれてこなかった、「教育的なるもの」の視点から「政治」を捉え返す視座の獲得に挑んだ点にあるだろう。本書には、小玉の「教育政治学」から学びつつも、それとは異なる仕方で教育と政治をめぐる問題に取り組む独自性を見出せる。この点に、本書の教育哲学に対する貢献を確認することができる。そして、このような本書の貢献は、教育学と政治学による学際的研究を加速させる契機となることも見込める。本書の成果と従来の教育と政治をめぐる様々な問題に応答を試みる諸研究が手を携えるとき、教育学からの政治学に対するアプローチは従来と比べてより強固なものになる。このアプローチを受けた政治学による本書の取り組みに対する批判的検討はもちろん、「(政治的)主体」形成を含めた教育と政治をめぐる様々な問題に対する教育学と政治学の双方による今後の学際的な研究の促進が期待できよう。その意味において本書は、このような学際的研究を拓くきっかけになると筆者は考える。  最後に、筆者が本書の読後に触発されたいくつかの問いを述べて筆を置くことにする。まず、「(政治的)主体」形成をめぐる問題である。本書全体の議論と第一三章でも言及される「ニューマテリアリズム」や「ポストヒューマニズム」における「(政治的)主体」の問い直しはどのようにして手を携えるのだろうか。おそらく、両者は、「近代政治学」が想定する「近代的主体」には回収され得ないものを対象とする点で共有するところがある。しかし、前者が「近代的主体」との関係で議論を始めるのに対して、後者は「近代的主体」ではないものを議論の出発点とする。それゆえに、後者の議論は、前者に対する更なる問い直しを要求することになる。この問い直しを経たとき、私たちは「(政治的)主体」形成の新たな議論枠組みを手に入れることができるかもしれない。ここにおいて、「規範」はいかなる役割を担うのだろうか。また、本書の各論の主張は、対立関係にあるようにみえる箇所が散見される。たとえば、第Ⅰ部で論じられる「規範」と第Ⅱ部で展開される「生権力」批判の関係が挙げられる。これらの各論は、それぞれの主張に対して今後どのような応答を果たすのだろうか。これら二つの問いに限らず、今後の研究の更なる進展が気になるところである。  この他にも次なる研究を拓く多くの問いが触発された。教育や政治に関心のある人はもちろん、それ以外の人も含めた多くの人に読んで欲しい一冊である。(執筆=髙宮正貴・杉田浩崇・市川秀之・児島博紀・橋本憲幸・生澤繁樹・室井麗子・虎岩朋加・平石晃樹・森岡次郎・関根宏朗・田中智輝・岸本智典・鵜海未祐子)(ひぐち・ひろむ=東洋学園大学准教授・教育哲学・教育思想史)  ★たかみや・まさき=武蔵野大学教授・教育哲学・道徳教育学・倫理学。  ★すぎた・ひろたか=広島大学大学院准教授・教育学。  ★いちかわ・ひでゆき=千葉大学大学院准教授・教育哲学・批判的教育学・教育思想。

書籍

書籍名 教育と政治を編み直す
ISBN13 9784326251858
ISBN10 4326251859