2026/06/26号 3面

分析手帖 全二巻

分析手帖 全二巻 ピーター・ホルワード/ノックス・ピーデン編 工藤 顕太  きわめて読み応えのある書物だ。大部の二巻からなる本書は、1960年代にパリの知的空間の中心地であるエコール・ノルマルで誕生した思想誌、『分析手帖』(Cahiers pour l’Analyse)をめぐるドキュメントである。エコール・ノルマルに集う若者たちによって創始されたこの雑誌には、アルチュセール、フーコー、カンギレム、デリダ、ラカンといった戦後のフランス思想におけるスターたちが寄稿者として名を連ねた。つまり『分析手帖』は、やがて「現代思想」と呼ばれることになる新たな知のうねりにおいて、中核的な役割を果たしたのである。  『分析手帖』という雑誌の持つ思想史的意義については強調するまでもないが、その全貌を見渡すことができる視座はまだ確立されていない。その意味で、本書が日本語でアクセスできるようになったことは、フランス思想に関心を寄せるすべての者にとって大きなインパクトを持つだろう。第一巻では、当時『分析手帖』に寄稿されたテクスト群から選ばれた論考が並び、第二巻には、『分析手帖』にかんする研究論文と、ジャック・ランシエールやアラン・バディウ、ジャン=クロード・ミルネール、イヴ・デュルーら、当時の編集委員会のメンバーやその周辺にいた思想家たちへのインタビューが収録されている。特にこのインタビューではそれぞれの立場から当時の状況が詳細に語られており、興味深い内容となっている。こうした多面的な構成によって、本書は『分析手帖』という未曾有のプログラムの全体像を浮き彫りにしている。  全体を通読してあらためて実感させられるのは、当時の思想界でラカン派精神分析が持っていたプレゼンスの大きさである(ただし、このような印象は本書の構成によるところも多分にあるだろう)。国際精神分析協会からの「破門」によって自身の教育のプラットフォームを失ったラカンは、1964年にアルチュセールの招聘によってエコール・ノルマルに新たな聴衆を獲得する。ここで、ラカン自身が1950年代をつうじて展開していた精神分析理論の刷新と、アルチュセールとその教え子たちが試みつつあった、広義における哲学の再編成とが期せずして重なり合うことになる。  ラカンは、フロイト以後の精神分析における主流派となっていた自我心理学を批判し、それに対置するかたちで、レヴィ=ストロースやヤコブソンの構造主義を精神分析に導入していた。そうした刷新の成果は、1966年の『エクリ』刊行以前には、主として精神分析の専門誌やセミネールの場を通じて知られていたにすぎないが、アルチュセールをはじめとした鋭敏な知性たちは、早くからそれに注目していた。1950年代のアカデミックな哲学においてはフッサール現象学が幅を利かせており、サルトルの社会的な影響力はそれに対する一種のカウンターパートのような役割を果たしていた。新たな「科学」としての構造主義の登場は、このような構図それ自体を塗り替えるものであり、ラカンの取り組みへの期待もそうした流れのなかで高まっていった。また、主体の体験や意識から、それを貫く自律的なシステムとしての構造へと理論的探究の主題がシフトしていくなかで、エコール・ノルマルの学生たちは、それまで周縁的な位置にあった論理学にも関心を深めていく。そこで、言語学のみならず論理学や数学をもみずからの理論に取り込むラカンの企ては、彼らにとって最も重要な参照項のひとつとなったのである。それゆえ、本書には、ラカンとの出会いが決定的なものであったことを示す証言がいくつも含まれている。  ここで着目されるのは、エコール・ノルマルでのこうした理論的プロジェクトが、「68年5月」の最も直接的な前史を構成しているという事実だ。このことは、「68年5月」の歴史的評価にとっても本質的な問題である。評者の関心からすれば、たとえばラカンにとって「68年5月」とは何だったのかを考えるうえで、この理論的プロジェクトが辿った経緯は無視できない要素である。学生たちの叛乱が大きな盛り上がりを見せた当初、ラカンはそれに対する率直なシンパシーを表明していた。だが、少なくとも1969年の12月には、「革命」へのラカンの評価はきわめてシニカルなものに転じ、冷然とした批判を隠さなくなる。  『分析手帖』という磁場で展開されつつあった理論的探究は、「68年5月」を挟んでその条件が大きく変質したことで、最終的には未完のプロジェクトとして閉じられることになった。実際、ジャック=アラン・ミレールやジュディット・ミレールを含むラカン周辺の若い世代の一部も、毛沢東主義的な色彩の強いプロレタリア左派へと接近し、理論的関心を政治的実践へと接続していった。先に記したラカンの態度の変化には、このようにして『分析手帖』が未完のプロジェクトとなり、労働者や移民たちをも巻き込んだ直接的な闘争がそれに取って代わったことが少なからず影響していたのではないだろうか。  構造主義に端を発する理論的探究と「68年5月」の連続性については、ラカン自身が「構造が街頭に繰り出した」という表現によって端的に示している。これは、1969年2月にフランス哲学協会で行われたフーコーによる講演「作者とは何か」の質疑応答のなかでの発言だ。本書の第二巻には、ラカンのこの発言を想起させるタイトルの興味深い論考が収録されている。パトリス・マニグリエの「構造のアクティングアウト」である。このテクストは、構造に必然的に包含されているものとして主体の位置というテーマを論じ、『分析手帖』においてこのテーマが十分に追究されぬままに終わったことを論証するものだ。  マニグリエは、ラカンの1952年の講演「神経症者の個人的神話」と、ラカンが参照しているレヴィ=ストロースの複数のテクストを丹念に読み解きながら、構造が静態的で完結したシステムではなく、むしろ反復の運動によって別の神話(=ヴァリアント)を生じさせるものであることを提示している。マニグリエの考えでは、ラカンはまさにこうした反復を動機づける要素として神経症者のトラウマを理解しようとした。構造における主体の位置とは、この反復における複数の神話の結節点であり、トラウマこそが構造と主体の関係を作動させ、顕在化させる契機であるとみることもできる。マニグリエの議論は、ラカンやレヴィ=ストロースの再評価としてのみならず、トラウマ論としても示唆に富んでいる。  本書が問いかけているのは、『分析手帖』の企てが「革命」へと解消されたのか、それともむしろ、理論そのものの内部に残された、いまだ十分に分析されていないトラウマとして、後続の思想を反復的に駆動しつづけたのか、という問いである。『分析手帖』が未完のプロジェクトであるということは、このプロジェクトの当事者やその近くに身を置いていた者たちのその後の仕事の意義を理解するうえでも重要な点である。例えば、ランシエールやバリバール、バディウといった、今日の日本でもよく知られている思想家たちの著作の読み方にも、本書は新たな視座を与えてくれるだろう。(佐藤嘉幸・坂本尚志監訳)(くどう・けんた=人間環境大学准教授・精神分析および現代哲学)  ★ピーター・ホルワード=キングストン大学教授・政治哲学。著書に『ドゥルーズと創造の哲学』など。  ★ノックス・ピーデン=クイーンズランド大学講師・歴史哲学・思想史。著書に『スピノザ対現象学』(未邦訳)など。

書籍

書籍名 分析手帖 全二巻
ISBN13 9784753104000
ISBN10 4753104001