- ジャンル:随筆・読物
- 著者/編者: 公益財団法人 日本漢字能力検定協会
- 評者: 円満字二郎
漢字の大疑問
公益財団法人 日本漢字能力検定協会編
円満字 二郎
「大疑問」とはおもしろいことばで、読んで字の如く「大きな疑問」という意味だが、出版業界にはちょっと違う使い方がある。いくつかの疑問をまとめて解説する雑誌の特集や書籍で、タイトルによく用いられるのだ。疑問の数は時には数十以上にもなるから、一つ一つの扱いはむしろ小さい。ただ、それらの疑問は素朴なものだとうたわれていることが多いのも特徴で、素朴ならではの深みがある。「大」とは、それを称していうのだろう。国立国会図書館サーチで検索してみたところ、この手の「大疑問」が増えてきたのは、一九九〇年ごろからのようである。
さて、本書もその例で、カバーには「漢字の専門家集団が素朴な疑問に徹底回答!」という文字が並んでいる。中身はというと、四六の疑問が一つあたり三~一〇ページで、五章に分かれて並んでいるという構成。具体的に紹介すると、たとえば、「漢字はすべて実際にあるものの形からできているのでしょうか」「書き順は誰がどうやって決めたのですか」「一つの漢字にいくつも読み方があるのはなぜですか」という、漢字の根本に関わるようなもの。あるいは、「なぜ4は漢字だと横線4本ではなく、「四」と書くのでしょうか」「「下りる」と「降りる」の使い分けがよくわかりません」「ウ冠に神と主で「そしじ」と読む文字があるとネットで見ましたが、辞書に載っていません。この字は何ですか」など、個別的な漢字の事象に関するもの。さらには、「英語や中国語は読む方向が決まっているのに、日本語はどうして縦書きも横書きもあるのでしょうか」「なぜヤンキーは「夜露死苦」のような当て字を好んで使うのでしょうか」というような、かなりの変化球も織り交ぜられている。
編集者的な観点から言わせてもらうと、「大疑問」企画は、企画を立てるのは比較的たやすい。具体的な疑問を集める段階では多少の苦労が伴うものの、本書の場合は、編者たる日本漢字能力検定協会に実際に寄せられた疑問がベースになっているというのだから、そのハードルも高くはない。問題はそれぞれの疑問にきちんと答えることで、これが最も難しい。本書でその任に当たっている「漢字の専門家集団」とは、阿辻哲次・田中郁也・戸内俊介の三氏。すでに多くの著作がある阿辻氏はもちろんのこと、田中・戸内の両氏も、漢字研究の分野では名を知られた研究者であり、彼らが紡ぎ出す回答はさすがに通り一遍のものではなく、本書の最大の強みとなっている。
たとえば、「「卑弥呼」や「邪馬台国」という名前には、わざと悪い意味の字を使っているのでしょうか」という疑問への回答では、「韻書」と呼ばれる古代中国の発音辞典から説き起こして、中国語での当て字のしかたの一面をていねいに説明してくれる。また、「「二〇二六年」などで使う「○」は漢字なのでしょうか」という疑問の場合は、日中のさまざまな辞書や、公文書の表記の規準を調べ、「〇」の歴史とそれを現在ではどう読むかを検討し、「そもそも漢字とは何なのか?」という根源的な問いかけにまで触れながら結論を導く。「一度も使われたことのない漢字もあるのでしょうか」という、いささか突拍子もない疑問に対しても、例によっていくつかの古い文献を参照しつつ、最終的には、「人はどういう思いで漢字を作るのか」という興味深い問題にまで、話を広げて見せている。「専門家集団」であるだけに、勢い、話は専門的になりがちなのだが、そこをなんとか嚙み砕いて説明しようとする努力が、一般読者の理解を助けている。
素朴な疑問にきちんと向き合って原稿を書くのは、かなり難しい。素朴さの中に潜んでいる深さを探り出し、それをうまくさばくセンスが問われるからだ。本書は、素朴な疑問の奥底にこそ本質的な問題が横たわっていることをやさしく教えてくれる、良書だと言えるだろう。(えんまんじ・じろう=編集者・ライター)
★こうえきざいだんほうじん・にほんかんじのうりょくけんていきょうかい=日本語・漢字文化の振興と普及を目的に活動する公益財団法人。一九七五年に「日本漢字能力検定(漢検)」を開催し、現在では国内最大級の日本語・漢字検定事業として広く知られている。
書籍
| 書籍名 | 漢字の大疑問 |
| ISBN13 | 9784838775347 |
| ISBN10 | 4838775342 |
