フランケンシュタイン、日本到来
中川 僚子著
山田 文
物語にはそれ自体の物語がある──作品が生まれるにいたった経緯や背景がある。そうしたストーリーは、ときに作品そのものと同じぐらい多くを物語る。とりわけそれが時代や社会を顕著に反映していたり、見えないものを見せてくれたりするときには。
本書で語られるのは、瓠廼舎主人稿「新造物者」なる作品の物語である。明治二十二年(一八八九年)十一月から翌年三月にかけて、東京高等女学校の雑誌『国の基』に掲載された小説だ。メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(一八一八年)の初めての邦訳だが、それがわかったのは発表から百年以上を経た一九九六年のことだという。瓠廼舎主人なる訳者も正体が知れなかった。その人物を特定しようというのが、本書のもととなった研究の出発点である。
本書は長年にわたる学術研究の成果物であり、紀要や学術誌に発表された論文をもとにしている。だが単純にそれらを集めた本ではない。平明な文章で瓠廼舎主人と「新造物者」の謎を追う論考は、一般読者もたちまちその世界へひきこむ。
本書は三つの部で構成されている。
第一部では『フランケンシュタイン』をおさらいし、翻訳の底本を特定して訳文の特徴を明らかにしていく。そしてその訳文から原書を「逆照射」し、「翻訳を媒介に、原作テクストのより深く、豊かな姿が読者に立ち現れてくる可能性」を示唆する。
そのうえで、この作品の訳者がそなえていたであろう素養や属性をあげ、人物の特定に取りかかる。それが第二部である。本書のおおむね中間地点にあたる第五章でひとりの女性作家を名指しし、彼女が訳者であるとの仮説を示す。そして、さまざまな角度からそれを立証していく。
このプロセスでひときわ読者の興味をひくのが、第七章で取りあげられる文体論であろう。それが興味深いのは、明治二十年代の日本語をめぐる状況が如実に反映されているからだ。「新造物者」が発表された明治二十二年は、二葉亭四迷訳のツルゲーネフ『あひゞき』が発表された翌年にあたる。まさに文語体から言文一致体への過渡期であり、「明治二〇年代は、日本語に多様な書き言葉が共存した時代であった」。著者は先行研究に拠りながら女性作家の文体移行を三つの時期に分け、当時は「地の文の文末は文語、会話文の文末は口語」という移行期だったとする。そして、その特徴が「新造物者」の訳文と訳者自身の創作小説のどちらにも見られると指摘する。
話はそこで終わらない。第三部では「新造物者」を足がかりに、明治二十年代の過渡期の日本社会へさらに深く切り込んでいく。当時は女子教育をめぐる状況もめまぐるしく変化していた。端的にいうと、男子と同等の教育を提供するという新方針と、それに対する保守派の反動のあいだで大きく揺れ動いていた。そうした「女子教育の生みの苦しみの絵巻図」(青山なを)の中心に位置していたのが東京高等女学校である。『国の基』誌の廃刊と「新造物者」の連載中止も、女子教育をめぐる論争とまさに直結していた。さらに「新造物者」の挿絵には、欧化主義とそれへの反発、洋画と日本画のはざまに立つ当時の画壇の葛藤が反映されていた。
「まるで坩堝のように、さまざまな問題が『フランケンシュタイン』の最初の日本語訳「新造物者」に集まっていた」──まさに著者のいうとおりである。「時代のもつ矛盾と混乱のドラマともいうべき意外な事実が次々と明らかになったのである」。それは著者のテーマ選択と分析視角の設定、そして何より地道な研究の成果である。それをわたしたちが楽しめるのは、その研究成果を一般読者と広く共有しようとする著者の努力のおかげである。読者は謎解きのスリルとテクスト分析の知的興奮を味わいながら、翻訳文学と日本語小説の文体成立過程に立ち会い、明治という激動の時代が抱えていた葛藤の一端に触れることができる。
大学の研究成果を社会へ還元することが求められるようになって久しいが、それが何を意味するのか、とりわけ人文社会科学では必ずしも自明ではない。学術的な水準を保ちつつ多くの読者へ明治の文学と社会に触れる機会を提供し、テクストを読む楽しみを伝える本書は、そのひとつのありかたを示している。
『フランケンシュタイン』をめぐるもうひとつの物語がここにある。(やまた・ふみ=翻訳者)
★なかがわ・ともこ=聖心女子大学教授・イギリス文学・文化・比較文学。著書に『日常の相貌』など。
書籍
| 書籍名 | フランケンシュタイン、日本到来 |
| ISBN13 | 9784469246988 |
| ISBN10 | 4469246980 |
