文明怪化奇談
荒俣 宏著
小野 俊太郎
文明開化ならぬ「怪化」の様相を炙り出そうと、登場人物も含め虚実入り交じった物語が繰り広げられる。新聞記者たちが「文明怪化の会」と称して、活字にするのを今まで憚ってきた裏話を語り合う趣向である。どれも「奇怪な出来事に見えて実は……」という謎解きがおもしろい。団精二名義でファンタジー中心の翻訳を開始して半世紀以上、博物学者的関心で多数の著作を世に問い、『帝都物語』一編で震撼させた著者が、今なお新刊を出す知的膂力にも驚くが、老境とか枯れた味わいなどとは無縁な仕上がりにただ脱帽するしかない。
本作は一見長編だが、語り手を替え「函館氷」「橘氏の火葬炉」「カーマンセラ嬢」「眼球の写真」「二笑亭の電話」「特別寄稿 大砲とトリカブト」の六章からなる短編連作である。「前口上」と「新聞夜明け前騒動記」という解説が付いている。章題がすでに連想を呼ぶが、冒頭の塚原渋柿園が語る前口上に仕掛けがある。月岡芳年が描いた将門大明神(『帝都物語』とつながる)が写真を撮られる絵を持ち出す。掲載されたブレた八つの頭をもつ図は簡単に焦点を結べないことを示している。その後も香港からの絵葉書など図版を持ち出して巧みに読者の視線を誘導するのだ。
全編にわたり、著者の詩的ヴィジョンが働いている。「函館氷」では大阪の内国勧業博覧会へと函館から運ばれた天然氷に埋められた刀の柄にある碧いシミが登場する。背後に五稜郭をめぐる戊辰戦争の因縁があり、最後に『荘子』の一節を持ち出して締めくくる。「お見事」と声を掛けたくなる。また、「橘氏の火葬炉」は、新型火葬炉で管野須賀子らしい女性が焼かれる話だが、そこに皇室における土葬と火葬との軋轢を盛り込む。「謀叛論」を演説する徳富蘆花に火葬を眺めさせながら、人麿の「隠口」の歌を引用する。このあたりの物語的呼吸も味わい深い。
舞台となる「文明怪化の会」は記者たちによる明治の百話会なので、篠田鑛造の『幕末百話』などを連想していたが、「眼球の写真」の語り手はなんと甥の篠田孝而だった。著者はどこまでもこちらの期待を裏切らない。日露戦争で賠償金を獲得できず、人々が暴れた日比谷の焼き討ち事件のさなかに、軍が白い光を打ち上げ、群衆を写せるほどの輝きを与えた話が発端となる。写真術を明治に喧伝したのが旧幕臣たちだったと指摘し、思わぬ真相へと向かう。甥の篠田が別の記者の体験を聞き書きした体裁で読みやすい。彼を聞き手に据えた明治百話を読みたいものだ。
今回とりわけ企みが見事に決まったのが、「二笑亭の電話」だろう。二笑亭は日本を代表するアウトサイダー建築だが、読み始めると赤木城吉のエピソードなどに既視感があり、一時中断して同じ著者による四十年前の『パラノイア創造史』を書棚の奥から探し出してきた。二笑亭や呉秀三などが写真や図版つきで切れ味良く解説され、大いに参考となった。素材はこの時点で出揃っていたが、新作では調理方法が異なる。二笑亭の建築構造に関する見解は別だし、読めば関東大震災により精神が変じた赤木が行った世界一周の船旅を文化史的に見事に読み替えた技に仰天するはずだ。それから中原中也の詩集を覗きたくなるのは間違いない(少なくとも評者はそうした)。
著者は、人工言語構想と神秘主義や接神体験とに興味をもち二つを交差させた、と『パラノイア創造史』で述べていた。今作でも関心は持続されている。新聞が果たした「言文一致」という人工語創造を説明し、テクノロジーの到来、とりわけレントゲンや夜間撮影の照明の写真術さらには電話などが人間の精神にもたらした神秘体験を語っていく。しかも政治小説で著名な塚原渋柿園を主催者に据え、各話で台場騒動、戊辰戦争、大逆事件、日比谷焼き打ち事件、関東大震災、さらに二・二六事件と開化後の日本を揺さぶった歴史的事件と交差させる。その過程で、不偏不党という新聞の建前が生じた経緯や、洋学と軍事との結びつきも浮かび上がる。こうして見ると、本作『文明怪化奇談』は、複数の企みに満ちた骨太い政治小説なのである。(おの・しゅんたろう=文芸評論家)
★あらまた・ひろし=作家、翻訳家、博物学者、幻想文学・神秘学研究家、タレント、稀覯書コレクター。京都国際マンガミュージアム館長。小説『帝都物語』で日本SF大賞を受賞し、翌年映画化もされシリーズ累計五〇〇万部を超える大ベストセラーに。『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』でサントリー学芸賞。一九四七年生。
書籍
| 書籍名 | 文明怪化奇談 |
| ISBN13 | 9784041013748 |
| ISBN10 | 4041013747 |
